日本三大発酵茶を巡る旅「碁石茶」編

高知の山奥、秘境で続く幻のお茶とは

日本の地域に息づく伝統的な発酵と、発酵と共に生きる人々の暮らし。それは日本が誇る食文化のひとつです。そんな“発酵”を探し求める旅へ。読めば、地域と発酵がもっと好きになる。

今回は、四国に伝わる日本三大発酵茶を訪ねる旅へ。全3回に渡ってお届けする初回は、世にも不思議な形をした「碁石茶」を訪ねて高知へ……

四国には、他のどこにもない不思議な製造方法のお茶がある。まるで味噌や漬物をつくるように、茶葉を樽に漬け込んで、乳酸発酵させるお茶だ。その工程は知れば知るほど謎が深まる、非常に珍しいつくり方である。いったいなぜ、どのようにつくられ、どこで飲まれているのだろう。

今回訪ねた高知の「碁石茶(ごいしちゃ)」は、二段階の発酵を経てつくられており、そのユニークな見た目も見逃せない。碁石茶をつくる現場、高知県大豊町(おおとよちょう)へ向かった。

ルーツは謎だらけの秘境の発酵茶

四国山地のちょうど真ん中あたりに位置する、高知県大豊町。狭く急な山道をひたすら登っていく、いわゆる秘境と呼ばれるような地域である。

通常、お茶といえば5月が新茶のシーズンだが、碁石茶は6月から収穫を始める。地上は真夏の猛暑だったが、山の上は緑に囲まれ、風が通って意外と気持ちがいい。茶畑は結構急な山の斜面にあり、完全無農薬でグングン伸びた茶の木を枝ごと収穫する。柔らかな新芽ではなく、かなりしっかり肉厚に育った丈夫な茶葉を使うところが普通の煎茶とは違って特徴的だ。

「蒸して発酵させるので新芽だと溶けちゃうんです」と話すのは、「大豊町碁石茶協同組合」の吉村優二さん。この組合では伝統的な碁石茶づくりを継承し、次世代へつなぐべく新しい取り組みも行いながら生産を続けている。

幻の茶ともいわれる碁石茶。いわゆる煎茶と違い、「後発酵茶」といってカビ付けによる「好気的発酵」(酸素を好む微生物が酸素を使って有機物を分解・発酵させる)と、乳酸菌による「嫌気的発酵」(酸素のない、または非常に少ない密閉状態の中で、乳酸菌などの微生物が有機物を分解・発酵させる)の二段階を経てつくられる。最後は四角く固めたものを天日干しして仕上げる、その不思議なビジュアルも大変珍しいお茶だ。

東南アジアには、タイの「ミアン」、ミャンマーの「ラペソー」など、似たような後発酵茶があるが、それらと関連性があるかどうかはまだわかっていない。発祥地は遠く中国の雲南省周辺とも考えられており、そこに住む少数民族、プーラン族がつくっていた「酸茶」は、カビを発生させた茶葉を竹筒に入れて土中に埋め、嫌気的発酵させたもので、原理的には碁石茶と同じつくりかたをしている。しかしその製法がいつ、どのように、海を越えてこの山奥にまで伝わっていったのかは明らかになっていない。

碁石茶のルーツは未だ謎だが、戦国時代には、大豊町あたりで茶が栽培されていた記録が残っており、江戸時代以降の文献には碁石茶という表記が出てくる。しかし産地や土佐内で消費された形跡はなく、そのほとんどは山を越えて瀬戸内海の島々へ運ばれていた。昔は島の生活用水の水質があまり良くなく、碁石茶を飲むことで、その発酵の力が水質の悪さをカバーしていたともいわれる。また昔はお米が貴重だったため、島の人々は碁石茶で茶粥をつくってカサ増しし、それを食べていたそうだ。今でも島では茶粥の文化が残っている。

二段階の発酵を経てできあがる、稀有な製法

碁石茶を製造する作業場へ行ってみると、収穫した茶葉を大きな木桶のような蒸し器で蒸し、湯気がホカホカと上がっていた。蒸し器には生の茶葉を枝ごと入れて蒸す。その方が空気の通りが良く、葉が均一に蒸されるそうだ。蒸すことで一度茶葉が殺菌され、葉の繊維が壊されることで、カビ付けがしやすくなる。

蒸した茶葉は広いテーブルに広げ、人の手で枝やゴミをひとつひとつきれいに取り除く。ここは人海戦術で行う。地味だが結構大変な作業。それが終わるといよいよカビ付けだ。作業場の一角にムロと呼ばれる専用の小部屋がある。ムロにはむしろが敷いてあり、その上にこんもりとやさしく茶葉を積み重ねる。最後に茶葉の上にもむしろを被せて覆い、乾燥しないようにして1週間前後寝かせる。

このように湿気のある、空気に触れた状態で好気的発酵(一次発酵)が行われる。寝かせた後の茶葉には白や卵色をした菌糸が広がって、甘酸っぱい香りがある。カビで発酵させることで茶葉の細胞が変質し、旨みが引き出されるという。本枯れの鰹節のようなイメージだ。

ムロから取り出した茶葉は、再度選別して良くない茶葉やゴミを取り除き、今度は大きな木桶に詰める。葉をほぐしながらパラパラと木桶の中に均一に散りばめ、積み重ねる。時々、茶葉を蒸したときに出た蒸し汁を柄杓でかける。桶の中に人が入って茶葉をしっかり踏み締め、空気を抜く。蓋をしたら茶葉と同量の重石を乗せて、漬物のような状態にすることで、嫌気的発酵(二次発酵)が行われる。嫌気的発酵では、茶葉につく植物性乳酸菌が活発になり、2、3週間するとわっと増えて、重石が持ち上がるほどだという。1か月くらい漬けると再び重石は沈んで落ち着いてくる。

次はいよいよ茶葉を桶から取り出し、天日干しする。桶の中にぎゅっと詰め込まれて固まった茶葉を、“タチボウチョウ”と呼ばれる柄の長い刃物をグイッと深く差し込んで切り取り、20〜30cmほどの塊で取り出す。それを1cmくらいの適当な厚さに剥ぎ取り、さらに裁断機で3〜4cm角に裁断する。またしても地道な作業である。小さな四角い塊になった茶葉は、天気のいい日にむしろや平らな網の上に乗せて、完全に乾くまで3、4日天日干しする。塊になった茶葉がずらりと並ぶ様子は、まるで碁石を敷き詰めたように見え、名前の由来にもなっている。

一時は絶滅寸前に!
現在は健康茶として注目される

一次発酵で付着するカビとは、自然の中に浮遊するカビであるが、その品質には“むしろ”が大事だといわれる。大豊町碁石茶協同組合では、“小笠原さんのむしろ”を使っているという。小笠原さんとは、唯一、昔から代々碁石茶をつくってきた生産者である。長年、碁石茶に使われた小笠原さんのむしろにすむ微生物が作用し、それを使うと発酵が安定していい碁石茶になるというのだから不思議だ。お酒や味噌が蔵付きの菌を大切にすることと同じ感覚である。

それを聞きつけ、小笠原さんに会いに行った。大豊町碁石茶協同組合の作業場もかなり山奥にあるのだが、小笠原さんの作業場はさらに細い山道をひたすら進み、最後は車が通るのも難しい、緑深い奥地の高台にあった。

現在は7代目の小笠原功治さんが後を継いでいる。こちらも急斜面に茶畑があり、四方を山に囲まれて、気持ちのいい眺めだった。小笠原さんは外にあるかまどに薪をくべて茶葉を蒸し、二次発酵が終わった茶葉を四角く切る作業も裁断機を使わず、大きめの包丁で切るなど、原始的な手作業を続けていた。

「うちは代々つくっていたので、自然な流れで息子の私が引き継ぎました。碁石茶づくりは手間がかかり、暑いなかでの作業も大変ですが、重要無形民俗文化財をいただいたこともあり、この伝統的な製法を絶やさぬよう、これからもつくり続けていくつもりです」と小笠原さん。

碁石茶の歴史を辿ると、江戸時代には盛んにつくられていたようだが、戦後の高度経済成長に伴う山村の過疎化、高齢化で徐々に生産者は減っていき、昭和58(1983)年にはわずか1軒になってしまった。それが小笠原家だったのだ。絶滅寸前になった伝統的製法を、決して絶やしてはいけない、と当時の当主であった小笠原正春さんがたった一人でコツコツと地道に生産を続けていた。島の茶粥の愛好者などからもささやかに要望があり、細々と技術を守ってきたのだ。

しかし近代になると、秘境でつくられる珍しい製法の希少なお茶として、今度は次第に注目されるようになる。発酵食ブームも後押しし、体にいい健康的なお茶としてメディアで取り上げられるようになった。民俗学、農学、食品学などさまざまな分野の研究者が次々と調査に訪れ、その研究結果が明らかになっていった。

植物性乳酸菌がたっぷり含まれる碁石茶は、インフルエンザの予防効果や抗酸化作用などがあることがわかり、健康ドリンクとして再び脚光を浴びている。平成17(2005)年には、大豊町碁石茶生産組合が設立され、碁石茶のブランディングにも力を入れている。令和8(2026)年3月には、国の重要無形民俗文化財に指定された。

「おかげで生産者は少し増えてきましたが、まだまだ後継者不足です。文化財の指定をいただいたので、私たちはつくり続けますが、まだ収益化は難しく、みなさんほかに仕事を持ちながら、収穫の時期だけ作業に携わっています。農大の学生さんや研究者さん、お茶事業者さんなど、繁忙期はいろんな方にも来ていただいています」と大豊町碁石茶協同組合の吉村さん。

碁石茶って一体どんな味?どうやって飲む?

夏の茶畑を見渡す山の上で、冷やした碁石茶を飲んでみると、乾いた喉に酸味が心地よく、疲れた身体を癒すスポーツドリンクのような感覚があった。碁石茶は確かに特徴的な酸味と旨みのあるお茶で、味覚のチャートを表すと、赤ワインと同じバランスになるという。他のお茶に比べて渋みが弱く、酸味がかなり強い。

茶葉自体の匂いを嗅ぐと、海苔や梅昆布みたいなだしっぽい感じがする。そのためか、お粥やお茶漬けにするとおいしい。また酸味があるため、砂糖などの甘みを足すとお茶というよりフルーツのような味になる。牛乳を入れて飲むと酸味が落ち着き、コクが出て飲みやすい。ほかには、アイスクリームに加工するなど乳製品とも相性がいいようだ。

お茶の歴史や製造方法にストーリー性があり、どこにもない特異な味は創作意欲を掻き立てるようで、ガストロノミー系レストランのシェフがノンアルペアリングに使うことや、バーテンダーがオリジナルのカクテルに利用するなど、飲食業界のクリエイティブなシーンでも碁石茶は注目されている。

また碁石茶はつくりたての新茶よりも、寝かせて熟成したもののほうが味に深みが出ておいしいといわれる。まるで熟成するほど価値が高まる中国の発酵茶、プーアール茶のようである。大豊町碁石茶協同組合の吉村さんが5年以上経ったものを見せてくれたが、匂いに複雑味が加わり、まさに鰹節のようだった。ちなみに碁石茶は乳酸菌がプーアール茶の23倍以上といわれている。

大豊町碁石茶協同組合では、茶葉で販売するほか、ティーバッグやカート缶もつくっている。添加物を使いたくないため、ペットボトルや缶飲料はつくっていない。カート缶の素材は、間伐材など国産材を使用した紙製容器で、環境にも配慮している。近所の道の駅に行ってみると、碁石茶を使ったせんべいや羊羹などのお菓子も並んでいた。東京のアンテナショップでも碁石茶を販売しているという。

山奥の秘境でつくられる珍しい発酵茶、碁石茶。それは高知の大自然を丸ごと詰め込んだような、野趣に富む滋味深いお茶だった。出会える機会はなかなか少ないかもしれないが、ぜひ味わってみてほしい。

information

大豊町碁石茶協同組合

https://goishicha.jp/