日本三大発酵茶を巡る旅「阿波晩茶」編

徳島で今も慣れ親しまれる伝統発酵茶

日本の地域に息づく伝統的な発酵と、発酵と共に生きる人々の暮らし。それは日本が誇る食文化のひとつです。そんな“発酵”を探し求める旅へ。読めば、地域と発酵がもっと好きになる。

今回は、四国に伝わる日本三大発酵茶を訪ねる旅へ。全3回に渡ってお届けする最終回は、今も地元で親しみ続けられている「阿波晩茶」を訪ねて徳島へ……

徳島県の南部の限られた地域で親しまれている珍しいお茶、「阿波晩茶」。古くから主に山間地域で生産され、受け継がれてきた希少な伝統茶である。同じく四国の希少茶である高知の「碁石茶」や、愛媛の「石鎚黒茶」は2段階の発酵を経てつくられる後発酵茶だが、阿波晩茶は一度の発酵のみでつくられている。阿波晩茶の文化を継承しつつ、新しい風を起こしている生産者〈はなぜん〉代表の八木史織さんに話を聞いた。

知られざる阿波晩茶の歴史

阿波晩茶がいつ頃からつくられていたのか、その発祥はあまりはっきりしていない。1200年前に弘法大師が修行時に、この地で自生する山茶を見つけ製茶方法を伝えたという伝説があり、定かではないのだがロマンを掻き立てる話だ。高知の碁石茶、愛媛の石鎚黒茶と並び、中国や東南アジアにも似たような発酵させたお茶があるが、その関連性は謎である。江戸時代頃には、現在の那賀町(なかちょう)や上勝町(かみかつちょう)などで、日常の飲み物としてつくられていたらしい。険しい山々に囲まれた集落では、平地との往来が容易ではなく、茶は貴重な保存食でもあったのだろう。

近世中期には山間部の村々で、かなりの量の阿波晩茶が生産されていたようではあるが、確かな数値を示す具体的な資料は残っていない。昔はただ“番茶”と呼ばれていたため区別は難しいが、江戸時代にその文言が度々登場する書簡などが残っており、それが阿波晩茶の製法でつくられたものも多くあったはずだと推測されている。

明治期に入ると“番茶”の記録も増えており、阿波晩茶の生産が生業として成り立っていたことがうかがえる。京都で開催された博覧会にて、番茶部門で1位に入賞するなど、その品質も高く評価されている。上勝町近辺では自家消費や親戚知人への贈答用として細々と生産されていた一方、丹生谷(にうだに)と呼ばれた那賀川周辺のエリアでは大量生産され、徳島県内や香川、淡路島まで広く流通していたそうで、阿波晩茶は夏場の重要な換金作物でもあった。しかし高知の碁石茶のように、瀬戸内の島々に出荷して茶粥に使われたという文化はないようだ。

大正期頃をピークに生産量は減っていき、戦争の影響や緑茶の台頭などもあって、生産中止に追い込まれたり、逆に急に高値で売れて注文が殺到したり、変動が激しく、時代の波に幾度も翻弄され続けてきた。平成16(2014)年、阿波晩茶が「徳島県伝統的特産品」に指定され、テレビなどで取り上げられるようになると、再び注目される。平成30(2018)年に国の重要無形民俗文化財に指定された。

阿波晩茶は山里の風土や暮らしのなかで独自に発展した、日本の茶文化の多様性を今に伝える貴重な存在である。時代の波に揉まれながらもどうにか製法を守ろうと生産者たちが地道に懸命に努力を続けてきたことで受け継がれた、生きた文化遺産なのである。

昔ながらの伝統製法を大切にしつつ、
徹底した衛生管理に

阿南市にある阿波晩茶の製造会社〈はなぜん〉を訪ねた。代表の八木史織さんは生まれも育ちも徳島だが、子どもの頃の家庭で阿波晩茶は飲んでいなかったという。

「私のなかで阿波晩茶ってちょっと高いお茶というイメージでした。存在は知っていたけれど、家では出てこなかったですね。よく家業ですかと聞かれるんですけれど、違うんです。こんな希少で珍しい製法だということも大人になるまで知らなかったんですよ」

一方で、八木さんと一緒に働くスタッフのなかには、阿波晩茶に子どもの頃から親しんでいた、という人もいた。小さい頃から家では、やかんで常に沸かして飲んでいたそうだ。麦茶のような感覚で、夏も冬も飲んでいたという。身近なお茶だったが、ここで働くまで製法までは知らなかった、と話してくれた。

八木さんはそれまで郵便局員として働いていたが、何かもっと深く地域と関われるような仕事を求めていた。そんなときに偶然阿波晩茶の工場が売りに出され、建設会社を経営する八木さんの夫が購入した。八木さんの夫は、以前から地域貢献に深い関心があり、昔からの伝統ある阿波晩茶なら徳島を盛り上げることができるのではないか、と考えたのだ。

夫から阿波晩茶は「任せた」と言われた八木さんは、自分にはこれしかない、とすぐに郵便局を辞め、この事業に着手した。最初は前任者が一緒に製造に関わっていたそうだが、途中で抜けてしまい、手探りのなかで始まった。そこで従来の伝統製法は守りつつ、製造の効率や衛生面などで自分たちらしい改良も加えていった。

「上勝町などでは、今もすべて手作業で少量生産しているところが多くあるのですが、私たちは最初から機械があるので、そこはうまく活用し、量をつくることでより多くの人に広く知ってもらい、徳島全体が発展するような地域貢献を目指しています」

スタッフは八木さんと同世代の女性が中心。子育て世代の働きやすさにも配慮し、また彼女たちの細やかな気遣いや段取りの良さを生かした、女性が強く、輝ける会社にしていきたい、と八木さんは語る。

〈はなぜん〉では8月の終わり頃から茶葉の収穫が始まり、10月頃がピークになる。5月初旬から始まる緑茶の収穫が落ち着いた頃から、阿波晩茶用の茶葉の収穫が行われる。柔らかい新芽ではなく、太陽を浴びて元気に成長した丈夫な葉を収穫する。番茶ではなく、“晩茶”という字を使うのは、遅い時期に収穫されることを意味し、また、いわゆる一般的な番茶ではなく、乳酸発酵した特別なお茶であるという生産者の誇りを示している。

茶葉は専用の洗浄設備でしっかり洗い、不純物をきれいに取り除いた後、大釜で茹でる。その後、製茶などに使われる揉捻機で揉み込む、“擦り”の工程がある。茶葉の表面に細かな傷をつけることで、内部に乳酸菌が入り込み、均一に発酵が行われる。擦りは、その僅かな加減で風味が左右されるため、慎重を要する工程だ。葉の原型は残し、短い時間で軽めに擦ることがポイントだという。

擦りが終わると、いよいよ漬け込みの作業。工場内には味噌や醤油に使うような大きな木桶がずらりと並んでいた。70年近い古いものも多くある。徳島には木桶の製造や修理をできる専門業者があるそうで、大事に手入れをしながら使っている。木桶に茶葉を詰めたら、煮汁も少し入れ、上から圧力をかけてできるだけ空気に触れないようにする。〈はなぜん〉では八木さんはじめスタッフが交代で木桶の中に入り、満タンになるまで中をぐるっと一周回りながらしっかり踏み締めて空気を抜く。

「一番体力のいるしんどい作業です。熱々の茶葉の中をずっと歩き続ける。万歩計で測ったら、1回に8キロ歩いていました」

木桶がいっぱいになったら、茶葉と同じ重さの重石を乗せて1〜2週間、嫌気発酵を行う。この工程で乳酸菌が増殖し、独特のまろやかな酸味と爽やかな香りが生まれる。阿波晩茶の味わいが決まる重要な工程である。〈はなぜん〉では温度や湿度を細かく管理し、最適な発酵を維持する。

「でも後発酵茶って実はまだ解明されていないことも多いんです。乳酸菌はどこから来ているのか。漬ける前の木桶を調べると菌は見つかりませんでした。一度茹でるので、茶葉にいる菌も殺菌されます。生の茶葉に付く乳酸菌と、阿波晩茶ができあがったときの乳酸菌は種類が違うみたいで。発酵という自然の営みの神秘を感じます」

十分に発酵したら木桶から出し、撹拌して茶葉をほぐしながら、温風で乾燥を行う。茶葉に含まれた余分な水分を飛ばし、葉を一枚一枚剥がしてムラを無くす。一般的な阿波晩茶は天日干しすることが多いが、〈はなぜん〉では専用の乾燥機を使い、1次乾燥から3次乾燥まで時間をかけ徹底して行う。しっかり丁寧に茶葉の水分を飛ばし、発酵の風味を閉じ込め、保存が効く状態にする。室内で緻密に管理することで衛生も保たれる。より安全性の高い商品提供のために、今後はHACCP(食品衛生管理の国際基準)の取得を目指している。

そして最後には粉砕の行程がある。これも〈はなぜん〉独自の行程だが、茶葉を均一に程よい大きさにすることで抽出がしやすくなり、味のブレがなく、風味をしっかり引き出せる。

スダチに負けない、
徳島を代表する特産品のひとつに

阿波晩茶をより多くの人に知ってもらい、気軽に手に取って飲んでもらいたい、という思いから〈はなぜん〉では茶葉やティーバッグでの販売のほか、ペットボトルも製造している。工場に到着してすぐ、冷たいペットボトルの阿波晩茶を出してくれたが、クセがなくまろやかな味でゴクゴク飲んでしまうほど飲みやすかった。徳島では、スーパーやコンビニ、土産物店、空港などで販売している。

ペットボトルといえど、ベースの茶葉自体は同じく伝統製法だ。できあがった茶葉を和歌山のペットボトル工場に送って抽出、ボトル詰めしてもらっている。本当は徳島でつくりたかったそうだが、大規模な工場しかなく、ロットが合わなかった。「和歌山は同じ弘法大師ゆかりの土地なので」と八木さん。

ペットボトル製造のため、茶葉は徳島だけではまったく足りず、鹿児島や奈良、最近は埼玉県の狭山にも行き、全国の耕作放棄地の救済に務めている。阿波晩茶はやわらかい新芽ではなく、ワイルドに育った強い茶葉が適しているので、放ったらかしだった茶畑も需要がある。

「本当はできるだけ徳島県の茶葉を使いたいのですが、今は全然足りなくて、常に茶畑を探しています」

徳島産は無農薬栽培の茶葉のみを特別に分類したパックをつくり、クオリティを高めて販売している。

近年、阿波晩茶はオートファジー効果が高い若返りの健康茶としてメディアに取り上げられ、再び注目を浴びている。昨年もテレビで紹介されると急に注文が殺到し、徳島中の阿波晩茶が売り切れてしまったそうだ。〈はなぜん〉ではサプリ製造会社にも原料として阿波晩茶を卸している。

阿波晩茶を使ったクラフトビールもつくっている。徳島市郊外にある保育園だった建物を改装してビールを醸造する〈2nd Story Ale Works〉にお願いして委託醸造している。飲んでみると、後発酵茶特有の程よい酸味と熟成感がビールに心地よく馴染んでおり、味のバランスがいい。

「私がお酒好きなので。マルシェに出店したときに醸造所の方と知り合いました。徳島や関西の飲食店にも置いてもらっており、阿波晩茶が希少な製法の伝統茶であることを紹介できるよう、お店にきちんと説明するようにしています」と八木さん。

阿波晩茶を世の中に広め、特に若い人にその魅力を伝えたいと思い、自治体が主催するマルシェにも意欲的に出店しているそうだ。蜂蜜で甘みを出したり、ラテやソーダにしたりなど、阿波晩茶を使った新しいドリンクを開発して提供しており、ラテは特に若い人に人気だという。

徳島の一部の地域では今も比較的日常に飲まれており、カフェインが少ないため子どもでも飲める“赤ちゃん茶”と呼ばれて親しまれている阿波晩茶。健康茶としての人気も高まっている。しかしその歴史や製法はあまり知られておらず、地元に住む八木さんが知ったのも大人になってからだ。

「徳島といえば、スダチ、渦潮、阿波踊りですけれど、そこに並ぶような代表的な特産品として阿波晩茶と言われることが目下の目標です」と八木さん。おいしく健康的で、稀に見る珍しい製法である阿波晩茶の伝統を未来へつなぎ、より多くの人に楽しんでもらえるよう、まだまだ八木さんの挑戦は続く。

information

はなぜん

https://awabancha-hanazen.co.jp/