発酵ライフスタイル

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イベントや「こうじチョコ」が話題!
福島〈仁井田本家〉は自給自足の酒蔵を目指す

posted:2019.11.29

東北新幹線のJR郡山駅から車を走らせ約20分。街の喧騒はあっという間に遠のき、山と田んぼに囲まれる。穏やかな田舎の風景が車窓を楽しませ、思わず窓を開けて深呼吸したくなる。そこに突如現れるのが、「自然酒」と書かれた大きな3つの木桶。深い緑の森の一角に、静かにぽつりと建つ古い酒蔵が〈仁井田本家〉だ。

自然酒と書かれた大きな木桶が蔵への道標。

蔵に来て、見て、本当のことを知って欲しかった

創業300余年、〈仁井田本家〉は歴史ある酒蔵だ。現在の代表で杜氏を務めるのは18代目の仁井田穏彦さん。自然酒づくりが始まったのは父親の代からで、2011年は創業300年の節目だった。その年に向けて、蔵のすべての酒は、無農薬・無化学肥料の自然米100パーセントの純米酒にするという目標を立て、何年も前から準備していた。それが見事達成された年に、皮肉にも震災が起こった。

「2011年に自然派宣言をしました。そこに賛同してくれたお客様は、やはり原発にも過敏に反応を示すような方々でした。本当に大変なことになってしまったと思いましたが、自分たちは誠実に、ありのままを見ていただくしかありません。とにかく蔵に足を運んでいただいて、現状をこの目で確かめてもらいたかった。ここは安全な地域だと知って、安心して飲んでもらえれば、風評被害を少しでも払拭できるのではないかと考えました」

それからは多くのイベントを開催した。お酒を飲めない人や子どもでも参加できるようにと始めたのが「スイーツデー」だ。毎月2回、自家栽培の小豆でつくった大福など、原料から自分たちで調達し、手づくりしたものを販売した。賛同してくれたカフェや天然酵母のパン屋などの出店も徐々に増え、お客さんも家族で来てくれるようになった。

「震災はいろんなものを投げかけてくれました。辛いことがたくさんあったけれど、イベントを始めるきっかけになった。県内で、自分たちと同じような思いで自然栽培をしている人々とつながりを持てたことも、大きな収穫でした」

「にいだのスイーツデー 」の様子。多いときには400〜500人の集客になる。

18代目蔵元で杜氏の仁井田穏彦さん(左)と女将の真樹さん(右)。

自給自足の調味料、という発想から生まれた「こうじチョコ」

目指すのは自給自足の蔵、と話す仁井田さん。蔵が掲げている目標のひとつである。

「僕らは震災後、原発によって大きな痛手を受けました。このような負のバトンを子どもたちに渡したくはない。原発に頼らず、できるだけ自分たちで賄えるような暮らしをしていきたいんです」

自社で自然米を育て、自社田近くの井戸水や山の湧き水を仕込み水に使い、蔵に棲む天然の菌で酒を醸す。すべて自然な状態で作物をいただく。周りを囲む山には祖父の代に植えられた杉の木が多くあり、それで酒を仕込むための木桶をつくろうというプロジェクトも動き始めた。

「僕たちの最終的なミッションは、日本の田んぼを守る酒蔵になること。日本人にとって、お米は大切な主食というだけでなく、日本人気質の源だと思うんです。早苗の頃の若草色や、収穫期の黄金色、四季で移り変わる美しい田んぼの風景を眺めているだけで、何か心根に響くものがある。

そして、この田んぼを次の世代に繋げていくために、ただ収量を増やす農業ではなく、循環型農業を実践し、その作物を使ってお酒や発酵食品をつくりたいと思っています」

お客さんも田んぼ作業を一緒に行う「田んぼのがっこう」にて、収穫された自然栽培の稲。

蔵の様子。

〈仁井田本家〉は日本酒の蔵だが、他にユニークな試みを行っている。蔵には「発酵食品部」があり、甘酒や塩糀など、糀を使った、お酒以外のものを生産。食品部のリーダー、女将の仁井田真樹さんは、シーズン毎に新商品を紹介できるよう力を注いでいる。

数ある商品の中でも一際目を引くのが「こうじチョコ」と名付けられた甘い板状のお菓子。糀由来なので、カカオは入っていないが、食べてみるとまるでチョコレートを思わせる不思議な食感と、奥深い甘みがある。こうじチョコ誕生のきっかけについて、仁井田さんは次のように話してくれた。

「自給自足という流れの中で、調味料を自分たちでつくりたいと思いました。味噌や醤油はすでに歴史ある蔵元があり、塩は会津に山塩という稀少な素晴らしい塩がありましたから、自分たちの役割として、糀の甘さを生かした、砂糖に代わる甘味調味料ができないかと考えました。調味料としても使えますが、単価が高くなってしまうので、まずは甘いお菓子として広く認識してもらおうと」

こうじチョコの素材はどれも福島県で採れるもの、または自社畑で栽培しているものである。詳しいつくり方は企業秘密だが、甘酒をぎゅっと濃縮して水分を飛ばし、結晶化させたものだそうで、すべて自社内で製造されている。

「こうじチョコ」には、一般的なチョコレートに使われるカカオや乳化剤、砂糖や香料は不使用。味はプレーンの他に、ラズベリー、山椒、黒ごまきなこ、ゆずジンジャーなどなどがある。

乳酸菌飲料「まいぐると 」や、酒粕をパウダー状にした「にいだのさけゆき」などの、発酵食品たち。すべて自然米から生まれたもの。

開かれた蔵として、イベントを開催

今まで「感謝祭」として行われていた蔵の祭りを、2019年から「ひょっとこ祭り」という名前に変えた。ネーミングの変更は周囲からは不評らしいが、仁井田さんには、そうした理由があった。

近くの三春町には300年続く、ひょっとこ踊りという伝統的な祭りの演芸があり、ひょっとこのお面を被ることで、年に一度はみんな同じ立ち位置で腹を割って楽しんでしまおう、というような風習がこの地には元々あるらしい。

〈仁井田本家〉の「ひょっとこ祭り」は、地元の人も県外の人も蔵人も、みんな愉快なひょっとこになって、分け隔てなく一緒に楽しみましょう、という思いが込められている。より多くの人に来てもらい、福島がもっと元気になることを願って、地に足のついた活動を地道に続けている。

平日でも、〈仁井田本家〉のファンが全国から訪れる。

information

仁井田本家

address:福島県郡山市田村町金沢字高屋敷139番地
tel:024-955-2222
web:https://1711.jp