わたしたちの身近にある発酵食材。
常備している人が多いものの、
その食べ方のレパートリーは意外と少ないかもしれない。
そこで世界の料理に精通する森枝幹シェフが、
アレンジレシピを考案。
自宅の台所から、世界の食卓へ出かけてみよう。
今回のお題は「かつお節」。
だしやトッピングのイメージが強いかつお節が、
なんとカレーとご対面!?
すっかり世界の共通語となった「UMAMI(旨み)」。その源として注目を集めるのが発酵食品「かつお節」だ。削られた姿はヒラヒラと儚げだが、健康や美容に欠かせないパワフルな栄養素がギュッと詰まっている。家庭ではだしをとるためや、トッピングとして使われることが多いが、それだけじゃもったいない。今回、世界を旅する森枝シェフが教えてくれたのは、かつお節をパウダーにして丸ごといただく神秘の島のひと皿。いざ、自宅のキッチンから、スリランカのエキゾチックな食卓へ。
2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、「UMAMI(旨み)」というキーワードとともに海外でも注目が集まる「かつお節」。“世界一硬い発酵食品”としてギネスブックに載っていたりもする、ワールドワイドな発酵界の風雲児だ。
実はかつお節には2種類ある。3枚におろしたカツオの身を煮て、燻し、数日をかけて乾燥させた「荒節(あらぶし)」。そして、この荒節にカツオブシカビによるカビづけと天日干しを繰り返し、じっくり発酵させた「枯節(かれぶし)」だ。水分が抜けきってカチカチになったこの枯節こそ、発酵食品の「かつお節」なのだ。
(※本記事で使う「かつお節」は「枯節」を指す)
さて、家庭では「削りぶし」がおなじみだろう。薄くなったかつお節は見た目こそ頼りないが、実力は破格。たとえば骨や筋肉、血液をつくるもとになるたんぱく質は、たった5グラムのかつお節の中に3.9グラムが含まれ、なんと牛乳100ccの含有量(3.3グラム)を超える。一方でカロリーは低く、とってもヘルシーだ。
旨みのもとは「イノシン酸」。体の細胞を活性化し、新陳代謝を促すなどのうれしい効果でも知られている。さらには30種類もの「アミノ酸」や骨の形成に関わる「ミネラル」類も豊富に含み、日本食に欠けがちな「カルシウム」、血行促進や疲労回復に不可欠な「鉄」、免疫力を高める「セレン」なども。
加えて、血液サラサラや脳の老化予防で話題になった「EPA(エイコサペンタエン酸)」や「DHA(ドコサヘキサエン酸)」も含むなど、まさに海の恵みの玉手箱だ。
「かつお節は、主菜、副菜、汁ものなど料理を問わず使えるから、ぼくも日頃からよく使います。そういえば、父がつくってくれたカレーにも入っていたような…」と、記憶を探る森枝さん。
森枝さんの父とは、『カレーライスと日本人』の著書を持つ写真家・食文化研究家の森枝卓士さん。30年前、まだスパイスの存在が珍しかった頃から、森枝家のカレーはスパイシーだったそうだ。
「当時の父のカレーは、花札で遊んでいたところにテレビゲームが登場したようなもの。今から思えば古い味なのですが、アジアの製法でつくる本格カレーの先駆けでした。スパイスがよく効いて、辛いのが当然だったから、給食のカレーを食べたときは甘いことに驚いてしまって…。そんな我が家のカレーラインナップには、カツオ風味のものもあった気がしますね」
そう振り返る森枝さんの言葉通り、アジアにはかつお節を入れたカレーを食す国がある。インド洋に浮かぶ熱帯の島・スリランカだ。
「スリランカの市場には、モルディブでつくられている『モルディブ・フィッシュ』というかつお節の一種が売られています。スリランカではこれをパウダー状にしてカレーに入れたり、スープに入れたりして香辛料のように使うことが多いようですよ」(森枝さん)
スリランカの市場で売られていたモルディブ・フィッシュ。見た目も日本のかつお節とそっくりだが、荒節と同様でカビづけはしていない(写真提供:森枝卓士)
遠く離れた2つの島国が、それぞれかつお節をつくり始めたのは偶然だろうか。日本からモルディブに、あるいはその逆に、つくり方を伝えていたのではないかとの説もある。まだ実証はないが、そうだとすれば海洋民族らしいロマンのある話だ。
スリランカのカレーといえば、近年、大阪からブームに火がつき、東京でも専門店がぞくぞくとオープン。しかし、さかのぼれば意外な人もこのカレーを食べていたとか。かの文豪・夏目漱石である。欧米を外遊していた明治33(1900)年、現地で口にしたと書き残されているが、味への言及はない。森枝さん、スリランカカレーの味って?
「ぼくが食べたのはフィッシュカレーで、インドとも日本とも違う新感覚の味わいでした。カツオダシがよく効いて、サラッとしていましたね。広大な土地で家畜を飼育できるインドでは、動物の乳や肉、油をたくさん使いますが、スリランカは魚やココナッツミルク、野菜を使ったカレーがおなじみ。まさに穏やかな島の味で、日本人の舌とも相性がいいと思いますよ」(森枝さん)
今回は島国仲間のスリランカにならい、かつお節をパウダーにして旨みも栄養も丸ごといただく「スリランカ風 かつお節カレー」に挑戦しよう。
「スリランカのカレーは、ココナッツミルクといろんなスパイスを使って、数種類のカレーや副菜をひと皿にのせるのが特徴です。今回はチキンカレーと、2種類の副菜をつくりましょう。一見、食材や手順が多いように見えますが、食材の準備さえしておけばカンタンですよ」(森枝さん)
まずはカレーづくりから。スパイス(詳しくは文末のレシピにて)とヨーグルトなどを混ぜたマリネ液に手羽元を漬け、20分程度おく。その間に、深めの鍋でスライスした玉ねぎを炒めはじめよう。
じっくり20分ほど炒めて玉ねぎがキツネ色になったら、にんにく、生姜を入れて炒め、手羽元をマリネ液ごと加えて30分ほどコトコト煮こむ。このとき、鶏肉がマリネ液にすっかり浸っているとベストだ。浸らないときはフタをしよう。
続いて、2つの副菜づくりをスタート。
「まずは下準備として、じゃがいもを茹でましょう。茹で上がるまで時間がかかるので、カレーづくりと並行するとスムーズですよ」(森枝さん)
じゃがいもを茹でている間に、ミキサーを使ってかつお節をパウダー状に。このかつお節パウダーと塩、ターメリックを混ぜて、スパイスのオリジナルブレンドを2セットつくろう。
では、1つ目の副菜づくりから。
フライパンでココナッツオイルを熱し、にんにくをしっかり色づくまで炒め、そこにひと口サイズのトマト、スライスした玉ねぎを加えて炒める。続いて、ひと口サイズに切った茹でじゃがいもを加えて軽く炒め、上記のかつお節パウダー入りのオリジナルブレンドスパイスを加えてさらに炒める。仕上げにレモン果汁を回しかければ「じゃがいもの副菜」の完成だ。
2つ目の副菜も、つくり方はほぼ同じ。
フライパンでココナッツオイルを熱し、数分塩茹でしたゴーヤ、一口サイズのトマト、スライスした赤玉ねぎをまとめて炒める。ここにオリジナルブレンドスパイスを加えて炒め、レモン果汁を回しかければ「ゴーヤの副菜」の完成。
ここで30分ほど煮込んだカレーに戻ろう。鍋の中のカレーにココナッツミルクを加え、全体に熱が通ったら、お皿にごはんと副菜を盛り付けて。仕上げにお好みで刻んだハーブをごはんに散らし、カレーをよそえば……
「さあ、『スリランカ風 かつお節カレー』の完成です! カレーは別の器にわけておくときれいに仕上がりますが、最近は全部一緒に盛りつける“ごちゃまぜ系”もトレンド。お好みでどうぞ」(森枝さん)
いろんな味がひと皿に集結したカラフルなスリランカ風カレー。「副菜を少しずつ混ぜていただくのがスリランカ流です」と、カレーと副菜を同時にスプーンにすくった森枝さん。お味のほどはいかが?
「3種類まとめて食べるとおいしい! スパイシーだけど、ホッとするようなかつお節の香りが口いっぱいに広がります。いろんな味があって飽きないし、サラッとしていて胃が疲れないからいくらでも食べられますね。それほど辛くないので、辛党の人はチリパウダーを追加してください」(森枝さん)
スパイスの魔法でおいしさを引き出された野菜たちが、チキンカレーとの味わいをそれぞれに輝かせる。尖ったスパイスの辛さをやわらげる、まろやかなココナッツミルクの甘み。後味にはレモンが香り、淡い余韻を残して消えていく。
「今回は夏の食材としてゴーヤを使いましたが、オクラでも枝豆でもなんでも大丈夫。秋ならじゃがいもの代わりにさつまいもでもいいですね。副菜とスパイスの組み合わせから生まれる味の楽しみは無限大。かつお節と合わせるから和の食材と相性が良く、冷蔵庫のお掃除レシピとしても優秀ですよ」(森枝さん)
春夏秋冬を問わず、野菜とスパイスをたっぷりとれるスリランカカレー。思えばスリランカは、インドと同様、5000年の歴史を持つともいわれている伝統医療「アーユルヴェーダ」でも鳴らす島だ。そのエキスをとりいれたひと皿は、まさに天然の薬箱。疲れた体をやさしく癒し、内なる炎を再び燃え上がらせてくれるはず。