わたしたちの身近にある発酵食材。
常備している人が多いものの、
その食べ方のレパートリーは意外と少ないかもしれない。
そこで世界の料理に精通する森枝幹シェフが、
アレンジレシピを考案。
自宅の台所から、世界の食卓へ出かけてみよう。
今回のお題は「酒粕」。
体の芯からポカポカ温まる、
とろ〜り濃厚な粕汁って?
日本酒を搾るときにできる副産物、酒粕。搾りカスとはいわれつつ、健康と美容に欠かせない栄養がたっぷりと詰まったおいしいスーパーフードだ。焼いて食べたり、甘酒にしたり、調味料に使ったりと食べ方はさまざまだが、冬になると恋しくなるのが「粕汁」だ。今回は、若かりし頃の森枝さんが修業中に出合い、それから20年が経とうとする今でも忘れられないと話す絶品の「粕汁」を再現。京都出身の日本料理店のおかみがまかないで振る舞っていたという、みやびな味をお届けしよう。
米と米麹、水を原料にしてつくる日本酒。その製造過程でできた“もろみ”を搾った後に残るものが「酒粕」だ。“残り物には福がある”を地で行くような食材でもあり、栄養価の高さから近年特に注目が集まっている。
栄養成分は実に多彩で、日本酒の発酵中に使われた酵母や溶け残った米のでんぷん質、たんぱく質が含まれる。醸造工程で加えた米麹がつくった、たんぱく質分解酵素なども残っている。ちなみに、アルコール分が含まれているので腐敗しにくく、長期保存ができる点も酒粕の長所の一つ。冷蔵庫に一つあると重宝する食材だ。
「酒粕といえば、寒くなると粕汁を無性に食べたくなります。実は、若い頃に3年ほど日本料理のお店で修業した時期があるのですが、そこのおかみがまかないでつくってくれる粕汁がめちゃくちゃおいしかったのです」
20代の若き日をそう振り返る森枝さん。初めての修業先は、オーストラリアだった。海外の料理を学んだことで、改めて「日本のことをきちんと知りたい」という気持ちが芽生ええ、日本料理店に弟子入り。厳しくも、おいしいものに囲まれて幸せな修業だったのだそう。
「当時から、京都出身のおかみのつくる料理、意識、思考などに大きな刺激を受けていました。京料理って薄味だとよく言われますが、実は濃い味も多いと思うんです。だしをしっかりとって、華やかで、濃厚で、ちゃんとおいしい。おかみの粕汁はまさにそんな一品でした」(森枝さん)
粕汁といえば、実は、関西地方で生まれたとの説がある。そもそも今のような固形の酒粕をつくたのは、奈良の寺だとか。加えて、京都や伏見が酒どころだったことを思えば、粕汁が関西発祥の郷土料理だといわれるのもうなずける。実際、関西には新年の祝い納めの日である1月20日に粕汁をいただく風習も残っている。
ただ、粕汁というと一般的には酒粕をだしに溶かしたもので、“味噌汁”に似た汁物の印象が強い。しかし、森枝さんが出合ったおかみの粕汁はまったく違うものだった。
「まったりとして、まるでクリームシチューのようなんですよ。うわっ、こんな粕汁があったんだ! すごい…! と思いましたね。当時、おかみがこの粕汁をつくってくれるのが楽しみで仕方なかった。最高の一品ですよ」(森枝さん)
記憶のなかの味を反すうして、こぼれる笑みを抑えきれない森枝さんが、おかみの粕汁を再現してくれた。都に積もった雪のように白く美しい一杯だ。さあ、冷蔵庫を開けて、まだ私たちが知らない京の冬を感じよう。
まずは、にんじん、大根、ごぼう、油あげ、こんにゃくを拍子切りにする。火が通りやすいよう、サイズをそろえておくのがポイントだ。
続いて、油あげとこんにゃくを熱湯にくぐらせて湯通しをする。「サッとで大丈夫ですよ。余分な油を抜いておくことで、味が染みやすくなります」(森枝さん)
具材の準備ができたら、煮干しと昆布のだしを鍋に入れて沸騰させよう。今回は、煮干し10尾と昆布1枚を水に一晩つけておいただしを使った。
「個人的に、煮干しは入れれば入れるほどおいしい気がしています。どっしりとした濃い味好きの方は、10尾といわず、ちょっと多めに入れてみてください」
鍋の中のだしが沸いてすぐに昆布を取り出し、5分ほど経ったら煮干しを取り出す。そして、にんじん、大根、ごぼう、油あげ、こんにゃくなど、具材をすべて入れて、やわらかくなるまで煮込む。
「ここから酒粕と白味噌をだしに混ぜましょう。このとき、普通に溶かすのではなく、ピューレをつくるイメージでブレンダーを使います」
鍋の中のだしを適量すくい、酒粕と白味噌を加えてブレンダーにかける。しっかりと混ざったら鍋に戻す。この工程を数回繰り返し、鍋の中のだしがすべて混ざったら、しっかり熱してアルコールを飛ばそう。
「よ〜し、完成です! カンタンでしょう? でも、これがスゴイんですよ…」
おわんによそった粕汁は純白で、まるで新年がやってきたかのような祝祭ムード。「白味噌と合わせているから、色がきれいなんですよね」と森枝さん。冷蔵庫の中で余りがちな白味噌の使い道としてもこの粕汁はぴったりだ。
とろりとして、フレンチのようでもある一杯に七味唐辛子を足しながら、ハフハフと口に運ぶ森枝さん。食べ終わる頃には、額から汗が伝いはじめる。
「ふう、温まりますね! 酒粕のコクと香りがたまりません。今回は具を少なめにしてシンプルに仕上げましたが、それだけでもこのおいしさ。ここに鮭や豚肉が飛び込んだらもう、シチューの満足感を超える至福の味わいになります」
そう言いながら、森枝さんは粕汁をおかわりして“追い”七味。おわんの中の紅白が美しい。酒粕と白味噌のダブルの発酵パワーも相まって、体の内側にともった火がぽかぽかと燃え続ける。
「酒粕で思い出したけれど、冬になると自家製の甘酒をつくるのも楽しみの一つ。ぼくは、ごはんと麹でつくります。炊いたごはんと麹を保存袋に入れ、60度で保温したお湯の中に入れておくと半日ほどでできあがります。酒粕を使えばもっとカンタンで、お湯に溶かして砂糖を加えれば完成です。そのまま飲んでもおいしいし、ミルクや『カルピス』で割ったりして味変できるのも楽しいですよ」(森枝さん)
濃厚な粕汁とカンタン甘酒。寒い冬もポカポカと温まりながら健やかに過ごせそうな酒粕レシピ、ぜひご自宅でお試しを。