日本各地にある“レアな”発酵調味料。
「一度は味わってみたい!」
こだわりの逸品をご紹介。
石川県七尾市の一本杉通り。この通りは600年以上の歴史があるといわれ、国の登録有形文化財に登録された古い建造物が何軒も軒を連ねています。
震災前の一本杉通り。2024年元旦の能登半島地震により多くの家屋が倒壊した。
そんな情緒ある古き良き通りの一角にある〈鳥居醤油店〉がつくる、昔ながらの〈木樽天然仕込醤油〉をご紹介します。
鳥居醤油も震災により甚大な被害を受け、脇に設えられた仮入口で一部販売のみ営業中。
醤油は日本人にとって欠かせない調味料。全国にたくさんの醤油蔵がありますが、現在流通する醤油の多くは一般的に脱脂加工大豆を使い、温度を的確にコントロールした速醸法でつくられています。脱脂加工大豆とは、大豆から油分を取り除いたもの。油がない分、旨み成分が強く、たんぱく質を分解しやすいために生産効率が良いことと、コストを安く抑えるなどのメリットがあります。
一方で、少ないながら丸大豆を使う醤油蔵もあります。丸大豆には油分があり、もろみに浮き上がった油は酸化するので最終的に取り除く必要がありますが、長期間熟成することで醤油の中に油が自然に溶け込み、まろやかな風味とコクが生まれるともいわれています。
どちらにもそれぞれの良さがあり、どんな原材料を使うかは生産者の考え方やこだわりによるもの。両方使う醤油蔵もあります。国産の丸大豆は生産量が非常に少ないため、昔ながらの技法でつくる、小規模な醤油蔵で使用されることが比較的多いようです。
〈鳥居醤油店〉では、地元の顔の見える生産者のものを使いたい、という思いから、原材料はすべて能登産。珠洲の丸大豆と、奥能登の小麦、塩を使っています。
杉桶にもろみを入れ、四季の自然な温度でふた夏寝かせて醸造する、天然醸造。夏を2回越すことで、蔵に住み着いた酵母たちがじっくりと作用し、独特の奥深いまろやかさが生まれます。醸造後は、大正時代の槽(ふね)と呼ばれるもろみ搾り機で、ゆっくり時間をかけて搾ります。大豆を洗うところから、瓶にラベルを貼るまで、ほとんど機械を使わず、すべて丁寧な手仕事で行われているのです。
写真提供:能登デザイン室
鳥居醤油のつくる醤油は、ほんのり甘めのやさしい味わい。昔からこの地域で親しまれてきた味なんだそうです。
醤油の使い方を今さら述べるまでもありませんが、お刺身はもちろん、豆腐、卵、野菜など、好きなものになんでも自由に使いましょう。素材そのものの良さをしみじみと感じられる醤油です。フライなどの揚げ物にかけるのもおすすめだそう。
できあがった料理の最後にたらりとかける、かけ醤油として醤油そのものの風味を味わうのもいいですが、煮物や炒め物などに加えれば、ひと味違った奥深い上品な味わいになります。一流シェフや料理研究家などにも長く愛されている醤油です。
〈鳥居醤油店〉は大正15年の創業。その前はお菓子屋さんだったそうですが、親戚の醤油業を譲り受け、それ以降、そのときに受け継いだ道具を今も大切に使っているそうです。明治時代の建物は国の登録有形文化財。代々女性が蔵元を務め、現在は3代目の鳥居正子さんが女将となって、天然醸造で変わらぬ伝統的な手づくりの味を守り続けています。
「人の手にはエネルギーがある」と正子さん。「手当て、という行為を信じています。子どもの頃、私は甘えん坊で、例えば頭が痛くても、母が頭に手を当てて撫でてくれたら、なんだか治ったようなことがありました。お腹が痛くなっても、先生がお腹をさすってくれたら、体が安心して痛みが和らぐ。手の力って本当にすごいなと思うんです」
大豆を手で洗う、麹を手で混ぜる。鳥居醤油がカドのないまるみを感じる味わいなのは、作業のひとつひとつに女将の手が介することで生み出されているのでしょう。
写真提供:能登デザイン室
2024年1月1日に起こった能登半島地震によって〈鳥居醤油店〉も被災してしまいました。建物はなんとか倒壊は免れたものの、外壁が剥がれ落ち、大きく傾いて、あちこちに亀裂が入っています。醤油蔵も店舗も、とても使える状態ではありませんでした。
もう醤油づくりは辞めようと思ったという正子さんでしたが、翌日に飛んできたアルバイトの男性が「桶ともろみは大丈夫だ」と確認してくれ、蔵の様子を見に来た若い建築家や大学の先生に「ぜひ直しましょう」と言ってもらえたことで、大きく励まされたそうです。周りの人々の協力でクラウドファンディングを立ち上げ、鳥居醤油ファンのたくさんの人々から温かい支援を受けました。
再開への道のりはまだまだずいぶん先ではありますが、多くの人々から応援の言葉をもらったことは心強かった、と正子さんは言います。
「大変ありがたいことに、みんなに支えていただいて、前に進もうと思っています」
やさしくて誠実で、ちょっぴりお茶目な正子さん。そんな正子さんの人柄も醤油の味に反映されているのかもしれません。人の手の温もりと、真摯なものづくりの心を感じながら、一滴一滴大切に使いたい〈木樽天然仕込醤油〉。ぜひ味わってみてください。