鹿児島空港のほぼ目の前にある〈バレル・バレー プラハ&GEN〉。麹と発酵をメインにしたテーマパークです。ここは日本で数軒しかない、創業約100年の種麹屋〈河内源一郎商店〉が母体となって運営する観光施設。種麹屋とは、麹づくりに必要な原料である麹菌を育てている会社のことで、いわば日本の発酵文化を支えている屋台骨のような存在です。
巨大な焼酎瓶を思わせる、オブジェのようなユニークな建物が目印
敷地内には麹ができるまでを説明した資料館や焼酎工場、地ビール工場の見学施設などがあり、発酵好きやお酒好きなら1日いても楽しめそうな場所です。そんな〈バレル・バレー プラハ&GEN〉の一角に、自社の麹をコンセプトにしたレストラン〈霧島麹蔵GEN〉はあります。
豪華絢爛な内装の〈霧島麹蔵GEN〉店内
〈霧島麹蔵GEN〉では麹を使ったさまざまな料理を提供していますが、その使い方はひと味違います。麹の料理といえば、塩麹、味噌、甘酒などを思い浮かべますが、この店では、種麹屋ならではの技術を駆使した、さらにもう一歩進んだ麹料理が並びます。
甘酒をふんだんに使った「麹屋の甘酒カレー」
「籠盛り麹御膳」(前日までに要予約)
例えば麹豚と聞くと、塩麹に漬けた豚肉料理をイメージするかもしれませんが、ここで提供されるのは、自社麹による発酵飼料を食べて育った豚を使った料理です。代表的メニューのひとつである「豚骨煮」は、そんな麹豚を焼酎で蒸し、自社の味噌や鹿児島名産の黒砂糖で煮て味付けしています。肉がほろっとやわらかく旨みも豊かで、しみじみとしたおいしさ。
「籠盛り麹御膳」にも含まれる「豚骨煮」は鹿児島の郷土料理
ふっくらとしただし巻き卵ももちろん、麹の発酵飼料を食べて育った鶏の朝採れ卵を使用しています。この卵を使ったシュークリームも大人気で、カスタードクリームの奥深いコクのある風味が絶品。早く行かないと売り切れてしまうほどです。
1日数量限定の「塩麹シュークリーム」は、外はカリッと、中は麹卵を使ったトロットロのカスタードで大人気
〈霧島麹蔵GEN〉では、米や野菜も自社の畑で育てており、土壌改良や肥料に麹が関わっています。家畜の糞を麹の力で優良な肥料にし、それで農作物を育て、食品の残渣は麹の力で飼料にして家畜に与える、という循環型農業を実践しています。サステナブルな暮らしの実現に、麹が一役買っているのです。
きっかけは焼酎廃液の海水汚染問題。当時は海に捨てていた焼酎廃液の海洋投棄が禁止になり、処理に困っていた焼酎蔵を助けるために、麹の発酵熱で廃液を乾燥させて電気代を大幅に削減できる、エコなシステムを開発したのでした。その廃液処理によってできる固形残渣に麹を生やして家畜の飼料に改良し、牛に与えてみたところ、牛の健康状態も肉質も大幅に良くなり、受胎率も上がるなど、環境問題を解決する以上のさまざまないい結果がもたらされることがわかったのです。
ほかにも最近、麹を活用して同社が開発したものに、「茶麹」というサプリメントがあります。
鹿児島県は静岡県に負けないほどのお茶の名産地であり、茶葉には良質な繊維質と還元力の強いカテキンが多く含まれています。しかし、茶葉はそのまま食べると胃に穴が開くほど刺激が強いという欠点がありました。そこで、茶葉に麹を生やしてみることに。お茶と麹を組み合わせることで、それぞれが最大限の力を発揮できる酵素サプリメント「茶麹」を完成させたのです。
今では飲料工場から大量に出る茶葉にも麹を生やすことで、豚の飼料として活用できているといいます。さらに茶畑にも麹を使った堆肥を入れることで、茶葉に付く虫にも麹が作用し、農薬を使わずに茶葉を栽培することができました。
〈霧島麹蔵GEN〉の母体でもあり、全国でも数軒しかない種麹屋〈河内源一郎商店〉は、麹研究のスペシャリスト集団。焼酎用の黒麹、白麹を最初に発見して広めた会社です。現在の焼酎メーカーのおよそ8割がここの麹を使用しているといわれています。
社長で農学博士の山元正博さんは〈河内源一郎商店〉の3代目として生まれ、物心ついた頃から麹と共に暮らし、麹がいつも身近にあることが当たり前の生活でした。河内氏の娘婿で2代目の父親からは、河内源一郎という人物がどんなにすばらしいのか、子どもの頃からずっと自慢されていたそうです。山元さんも祖父を尊敬しながら育ち、自然と麹研究の道へ進みました。
東京大学農学部を卒業後は〈河内源一郎商店〉に入社し、順調な道を進むかと思いきや、経営方針の食い違いから父親と激しくぶつかり、膨大な借金を背負わされ、解雇されてしまう、という事件が起きます。何もかも失い、倒産寸前だった山元さんが起死回生を目指すべく必死の思いで始めた焼酎の観光施設が、やがて〈バレル・バレー プラハ&GEN〉となったのでした。最初は数人だった観光客も、山元さんの地道な営業努力によって、現在では観光バスが何台も来て、年間来場者数45万人を超える人気観光施設になりました。
「麹が生活のすべて。自分は麹のために生きている」と話す山元さん。麹の研究は楽しくて仕方がないそうで、常に研究開発に余念がありません。
麹による発酵の可能性を綴った著書「麹親子の発酵はすごい!(ポプラ社2020年)」、「発酵食品はおいしいクスリ(ポプラ社2022年)」もある
〈バレル・バレー プラハ&GEN〉では、レストランのほかにも、焼酎やビールの製造工場を見学でき、もちろん試飲を楽しめ、自社製のさまざまな発酵食品を食べたり買い物したりできますが、今後はさらにパワーアップした「麹・発酵ホテル」に変身するのだそうです(2024年予定)。
そこでは発酵に関するさらに一歩踏み込んだ講座を開催予定だとか。数日間ホテルに滞在しながら、麹が完成するまでを一通り実習するなど、プロ並みに本格的に学べる講座も考案中とのこと。発酵の奥深い世界を存分に楽しめる施設にリニューアル中です。
施設内の「麹資料館」では、麹について学ぶことができる展示であふれている
山元さんの息子の山元文晴さんは、医者として長く働いていましたが、麹のおもしろさに魅せられて、家業に戻ってきたといいます。麹の医療分野での活用を模索し、美容、健康への効果を研究しています。麹の発酵パワーはまだまだ多くの未知の可能性を秘めているそうで、文晴さんが研究に加わったことで、健康に役立つ麹の利用法はますます広がっていきそうです。
「麹・発酵ホテル」のオープンを楽しみに、〈バレル・バレー プラハ&GEN〉、〈霧島麹蔵GEN〉へもぜひ訪ねてみてください。
※本記事は2023年11月現在の内容です。最新の情報はお店のホームページをご確認ください。
address:鹿児島県霧島市溝辺町麓876-15
営業時間:9:00〜17:00
定休日:年末年始
WEB:バレル・バレー プラハ&GEN公式サイト
address:鹿児島県霧島市溝辺町麓876-15
(バレル・バレー プラハ&GEN内)
営業時間:11:00〜14:00
定休日:月〜金曜(祝日は営業)、年末年始