家庭の台所から生まれ、
日々進化する発酵料理を伝えていく店
〈羽場こうじ茶屋くらを〉@秋田・横手

posted:2022.11.18

〈羽場こうじ茶屋くらを〉ってどんなお店?

明治・大正・昭和に建てられた建造物が多く残る、秋田県横手市増田町。江戸時代以前より物資の往来で栄え、県内有数の商業地でした。古き良き味わいある景観は、2013(平成25)年より、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

そんな街の一角にある〈羽場こうじ茶屋くらを〉は、店から車で数分のところにある、1918(大正7)年創業の〈羽場こうじ店〉が手掛けている食堂。2003(平成15)年まで酒造りをしていたという旧勇駒酒造の建物をお店にしています。この地域では昔から稲作が盛んでお米は豊富にとれましたが、冬は厳しい豪雪地帯で、保存食づくりは生活に欠かせないものでした。麹を使った発酵食品も多くつくられ、日常的に食されてきました。

風格のある建物内には、この地域によく見られる建築構造である「内蔵」がある。

建物の古き良き味わいを残しつつ、一部をリノベーションした店内は、秋田杉がふんだんに使われ、和やかで心地いい空間。中央に配置したアーチ型の販売カウンターは杉樽をイメージさせ、下がっているランプは汁わんの形でとてもキュート! 発酵蔵らしい遊び心を感じさせます。

こだわりのイッピン

〈羽場こうじ茶屋くらを〉で提供しているのは、麹を使ったメニュー。旬の素材と麹をたっぷり使った「月替りの膳」は、この土地の文化を丸ごと味わうような料理です。色とりどりの漬け物たちは小さなお花畑のようで、やさしい旨みが体に染み渡ります。具だくさんの風味豊かなみそ汁と、おかわり自由のほかほかご飯もうれしい。

この月のメインメニューは「アップル豚リンゴ味噌バター」。

この月の「秋田杉プレート」は左上から時計周りに、彩り麹漬け・小茄子麹漬け・カリフラワーピクル酢・卵焼き・きのこおろし和え・南瓜田楽・みずのこぶたまり醤油漬け・昆布佃煮・和葱ラーパーツァイ。

メニューはおかみの鈴木百合子さんが、20代から80代まで揃っているスタッフみんなの意見を聞きながら、それぞれのいいところを取り入れ、毎月替えて提供しています。スタッフは地元で日々台所を守ってきたお母さんたち。彼女たちは四季折々のその時手に入る食材を、知恵を絞って上手に使い、家族の健康を考え、いかにおいしくつくって喜んでもらえるかに心を配ってきた、百戦錬磨の料理人でもあります。脈々と受け継がれてきた名もなき料理は、地域の自慢の宝であり、鈴木さんが長く伝えていきたい大切なことがたくさん詰め込まれています。

「この土地で昔から代々受け継がれてきた郷土の料理を大事にしつつ、若い人の思いがけない発想から出てきた新しい発酵料理も、そこにちゃんと意味があれば取り入れるようにしています。どちらも日々台所から生まれてくる、この土地の日常で、いつか振り返れば尊い文化になる。このお膳には、そんな横手の食文化がぎゅっと凝縮されているんです。ひとつひとつに実はすごい物語があるんですよ」

どんな発酵?

秋田の発酵食品は家庭のなかにあるから実はすごく表に見えにくい、と話す鈴木さん。「普段から家で食べているものが発酵させているものばかりなので、発酵は無意識で当たり前のこと。でもなんだかおいしいなって思って、あまり気づかずにつくっているんです」とのこと。

米づくりが盛んな秋田では、昔は農家が自分でつくった米を麹屋さんへ持って行くと、麹と交換してくれたそう。お金を介さず気軽に手に入る身近な調味料として、麹は家庭の台所を預かる女性たちに大変重宝されていました。一つの集落には必ず一軒麹屋さんがあったほどで、〈羽場こうじ店〉も「羽場集落の麹屋さん」という意味で名付けられたそうです。

そんな秋田の味噌は麹をたっぷり入れることが特徴で、甘くふくよかな味わいの、ちょっと贅沢な味噌です。一般的な味噌よりかなり多く、大豆の約3倍も麹が入っているのだそう! 〈羽場こうじ茶屋くらを〉で販売している味噌も、もちろん麹がたっぷり。原料の米はあきたこまちで、しっかり甘さの出る品種なのだそうです。甘い麹をつくることは麹屋のこだわりでもあります。

「秋田のなかでも私たちの住む県南地域の人々は特に甘いものが大好き。料理も甘めで、例えばハタハタ寿司って秋田の郷土料理なんですけど、県北の人々は塩とご飯(米)だけで漬けているのに、私たちは麹もお砂糖も入れて甘く漬けるんです。地域によって使う調味料が違うんですよ。面白いですよね」(鈴木さん)

醸す人

鈴木さんは、〈羽場こうじ店〉に次女として生まれ、子どもの頃から無意識に発酵料理を食べて育ちましたが、ちゃんと意識し始めたのは、大人になって体調を崩してから。実家を離れ、結婚して子どもが生まれ、仕事も楽しく働いていたそうですが、知らず知らずのうちに無理がたたっていたようで、気づけば病気で動けない体になっていました。家族で秋田へ戻ることにし、母親のつくる料理を食べているうちに、麹が健康の源をつくっていることにふと気づいたそうです。

「ある時みそ汁を飲んだら、五臓六腑(ろっぷ)にじわっと染み渡るような感覚がありました。すっかり忘れていましたが、私の体はこれで大きくなっていたんだって、ハッとさせられました」

鈴木さんが伝えたいのは、秋田の普通のお母さんたちが家族のためにつくってきた日常の発酵料理。それは特別な名のある料理ではなく、脈々と受け継がれてきた、意味のある麹の使われ方であり、それを現代のご飯に生かせることができればそれでいいと鈴木さんは言います。「うちのスタッフは秋田のお母さんの代表だと思っています。彼女たちの持っている発酵の知識を、この店に惜しみなく注いでもらえたらうれしいです」

気軽に発酵を楽しめる物販コーナー

店舗の手前半分には、雑貨や食材を扱うショップスペースもあります。自社の麹や量り売りの味噌、オリジナル調味料、さまざまな種類の大豆、秋田在住の作家の茶わんなどもさりげなく並び、こだわりのあるセレクトです。なかでも、鈴木さんが特に大事にしているのは、おいしく簡単にみそ汁がつくれるような道具たちのコーナー。細かいところに気が利いて、料理初心者にも使いやすそうな鍋やおたま、計量カップなどが並んでいます。

「みそ汁をちょうどよい塩梅でおいしくつくるのって、意外と難しいんですよね。あと二人暮らしなどで少量しかつくらない方もいます。そういう方たちに、何か上手につくれるヒントになるような道具を置けたらいいなと思ったことが、物販を始めたきっかけです」

もし発酵にあまり興味がなくても、誰でもふらりと入りやすい雰囲気の〈羽場こうじ茶屋くらを〉。米麹を炒ってつくったユニークなお茶や、名物の「みそキャラメルソースのソフトクリーム」を食べることもどうぞお忘れなく。周りは散歩するにも楽しい街並みなので、観光も兼ねてランチやお茶に、買い物でも、ぜひ気軽に訪ねてみてくださいね。

※本記事は2022年11月現在の内容です。最新の情報はお店のホームページをご確認ください。

information

〈羽場こうじ茶屋くらを〉

address:秋田県横手市増田町増田字中町64
営業時間:10:00〜16:00 ※ランチ11:30〜15:00(L.O14:30)
定休日:水・木曜
https://kurawo.net/

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