
現在も100軒以上の味噌蔵があり、全国ナンバーワンの味噌生産量を誇る、長野県。日本で生産・消費されている味噌の5割は、長野県でつくられる「信州味噌」が占めているといわれます。
その中でも、諏訪湖からもほど近い豊かな自然に恵まれた長野県茅野(ちの)市で、100年以上味噌づくりを続ける伝統的な味噌蔵が運営する〈丸井伊藤商店 発酵パーク〉をご紹介します。
〈丸井伊藤商店 発酵パーク〉は、味噌をはじめとした麹による発酵について、五感を使って体験できる老舗みそ蔵直営の施設です。他県からの観光バスや修学旅行生も訪れる人気スポットで、遠くからも見える「みそ」と書かれた煙突が目印。古き良き味わい深い蔵の建物の一部は、昭和初期に建てられたものだそうです。

店の前には役割を終えた木桶が置かれ、その歴史を物語っている
蔵内を自由に見学することができ、最初に動画で味噌のつくり方をひと通り学んだ後、蔵の中を実際に歩いてまわり、趣あるみそ蔵の様子を見ることができます。大きな木樽がいくつもずらりと並んだ様子は圧巻です。

土壁の調温・調湿で一年中ひんやりしている蔵の中。100年以上の年月を経た木樽に直接触れることもできる
「信州味噌」は、米麹を使った代表的な米味噌で、鎌倉時代に始まり、武田信玄が兵糧として味噌づくりを奨励したことから、盛んにつくられるようになりました。その後、関東大震災のときに、被害のなかった信州から救援物資として送られた味噌が首都圏で好評を博し、信州味噌は拡大定着していきました。
〈丸井伊藤商店〉の味噌は、淡麗でスッキリした味わいといわれる一般的な信州味噌より、麹歩合が高めで、旨みと甘みの深い味噌です。麹歩合や熟成期間の異なる複数種類の味噌がありますが、人気の「吟醸味噌」は、信州赤味噌に麹たっぷりの塩分控えめ味噌をブレンドした合わせ味噌で、味のバランス感が絶妙です。

麹歩合の違い、熟成期間の違い、粒orこしなど、信州味噌のなかでもさまざまな種類がある
「自分が物心ついたときには、この味の味噌でしたね。うちは小さい蔵ですから、信州味噌の中でも特色を出そうとしたんじゃないでしょうか」と話すのは、蔵を案内してくれた4代目代表の伊藤英一郎さんです。

伊藤さんの代に「発酵パーク」として蔵見学や体験、麹を使った商品を拡大していった
「茅野は年間通して降水量が低いため、湿度の低い冷涼な気候で、昼夜の寒暖差が大きく、醸造には適した地域です。八ヶ岳から流れてくる水がいいことも特徴で、明治天皇が全国を行脚したときに茅野で休憩され、この地の水がお茶に使用されたという逸話が残っているほどです」(伊藤さん)
〈丸井伊藤商店〉の蔵の庭には井戸があり、ポンプで汲み上げた地下水が味噌の醸造に使われています。
「水の質は醸造において重要な要素です」と伊藤さん。庭にはきれいな水でのみ育つというクレソンが生い茂り、夏は蛍も飛んでいるそうです。
信州味噌のことを知れば知るほど、自分でもつくってみたくなるかもしれません。工場見学の後には、希望すれば「味噌づくり体験」もできます。(団体の場合は10日前に要予約。個人の場合は空きがあれば当日受付も可能)独自の米麹、国産の大豆と塩に、酵母を加えた信州味噌がつくれます。
塩と米麹をよく混ぜて、あらかじめ用意してある蒸してつぶした大豆を加えて酵母をかけたら、テニスボールくらいに丸めて、樽の中にぎゅっと敷き詰めます。酵母は信州味噌蔵に伝わる独自の酵母で、これを加えることで仕上りの味噌の風味が格段に増すんだそうです。

友達や家族、子どもと一緒にやっても楽しい
自宅で熟成すれば(お好みに合わせて2か月~1年程度)、味噌のできあがり。1人2キロの味噌を持ち帰ることができ、自宅での保存方法なども教えてくれるので安心です。小学生が学校単位で参加していることもあるといいます。
味噌づくりのほか、塩麹やみそ汁づくりなどの体験もできるので、興味があればぜひ参加してみましょう。
蔵内には直売所があり、味噌をはじめとしたさまざまな発酵食品を買うことができます。

取材時にも訪れたお客さんが次々と商品を買っていくため、商品棚は供給不足に
野菜の味噌漬けやなめ味噌などの味噌加工食品や、麹の調味料などが多種ありますが、特に驚いたのは、自社製造の甘酒やどぶろくが種類豊富に並んでいること。りんご、ルバーブ、桃など、地元産のフルーツを使った「クラフトどぶろく」もあり、普段どぶろくをあまり飲まない人にも親しみやすい味を目指しているそうです。

〈丸井伊藤商店〉の近くには、諏訪大社の境外摂社である「御座石(ございし)神社」があります。この神社は800年以上続く、どぶろく祭りで有名な神社だそう。毎年4月末に開催され、神事の後にはどぶろくが一般客にも振る舞われて大変賑わうそうです。そんな地元の行事にちなんで、自社で製造免許を取得し、どぶろくづくりを始めたとのこと。
実はここのみそ蔵の中にも小さな神社があります。ひとつはなんと「貧乏神神社」。もともとは長野県飯田市にあった神社の分社だそうですが、本社は閉鎖されてしまい、現在はここだけです。“貧乏神は焼き味噌が好き”という言い伝えからこちらに降臨。貧乏というのは、お金ではなく心を意味しており、参拝することで貧しい心を撃退し、福が訪れるそうです。

参拝方法もユニークなので、ご興味ある方はぜひ覗いてみよう
貧乏神神社の隣には「鈿女(おかめ)神社」があり、「笑う門には福来たる」といわれる福の神なので、セットで参拝するのがおすすめです。
敷地内にある、昭和初期に建てられた古民家を改装したクラシカルなレストラン〈麹カフェ 醸し丸〉ではランチを楽しめます(8名~予約可能)。

メニューにはすべて、自社製造の麹や味噌、甘酒などが使用されています。この日の「発酵プレート」のお品書きは、信州豚の青唐味噌焼き、塩麹のローストビーフ、野菜サラダ、具だくさんなキノコ汁、漬物、金山寺味噌、「醸し家プリン」など。サラダのドレッシングには味噌と甘酒が使われていたり、豚やローストビーフは麹で漬け込んでいたり。発酵尽くしの料理で、ボリュームもたっぷりです。

麹の健康効果を体感し、日常の食事にも取り入れて欲しいという思いが込められており、ドレッシングや調味料は直売所で購入することもできる

ほかにしゃぶしゃぶやすき焼きのメニューもあり、すき焼きのタレにはどぶろくを使った割り下が使われている
デザートの「醸し家プリン」とは、オリジナルの発酵スイーツ。地元である八ヶ岳の搾りたて牛乳と卵、生クリームを使用し、ゆっくり時間をかけて蒸しあげたプリンです。〈丸井伊藤商店〉の信州味噌が入っており、チーズのような深いコクが病みつきになります。
おやつには売店で販売している、ソフトクリームもおすすめ。3種類あり、「味噌ソフト」は味噌パウダーがかかっており、焦がしキャラメルのような風味がクセになるおいしさです。「どぶろくソフト」はたっぷりどぶろくがかかっており、フル―ティーで奥深い複雑味がたまりません。(こちらは未成年・運転する方は食べられませんので要注意)そして「ルバーブソフト」には、自家製の信州名物ルバーブジャムがたっぷりかかっていて、ソフトクリームの甘さとジャムの酸味の相性が抜群です。

左から「味噌ソフト」「どぶろくソフト」「ルバーブソフト」
「麹を使った発酵食品は日本が誇るものだから、その魅力をできるだけ多くの人に伝えたい」と伊藤さん。「麹プロジェクト」と題し、麹の持つ高栄養価や機能性を生かしたオリジナルの商品づくりに力を入れています。小さな蔵でコツコツとつくっているため、人気のものはすぐ売り切れてしまうことも多いそうですが、多様な麹の魅力に触れることができる場所です。
長野県茅野市にある〈丸井伊藤商店 発酵パーク〉へ、ぜひ訪ねてみてください。

address:長野県茅野市宮川4529
営業時間:8:30~17:15
定休日:無休
WEB:https://misokengaku.com/
※レストラン〈麹カフェ 醸し丸〉は要予約
ランチのみ(年中無休)