発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

発酵文化の歴史と進化、
小泉武夫が語る日本の未来を醸すもの

posted:2019.7.31

世界でも類を見ない発酵先進大国の日本。他国に比べて発酵文化がめざましく進化を遂げたのはなぜだろう? 『漬け物大全 世界の発酵食品探訪記』をはじめ140冊以上の著書を手がける発酵学の第一人者・小泉武夫さんの見てきた、時代と共に進化してきた日本の発酵文化とは。

発酵学への入り口と「カルピス」の思い出

小泉さんは長年、発酵学のすばらしさを広めるための研究活動を展開してきた。そんな小泉さんが発酵学の道へ進むことになったきっかけは、大学時代にあった。

「私が発酵学の道に進んだのは、発酵学のひとつである醸造学を大学で専攻したことがきっかけです。私の実家が酒造家でして、父の薦めで醸造学を学ぶことのできる学校へ入学したんです。今ふりかえると醸造学の道を選んで大正解でした。1年生から授業でお酒をつくるなど、実験がおもしろくて仕方がなかったんです。『なぜこんな小さな微生物が発酵食品やお酒をつくるのだろう?』と次第に興味が膨らみ、気づけば発酵学にどっぷりと浸っていました。それで酒造家を継がずに、研究を続けるために学者の道へ進むことに決めたのです」

大学時代に研究者の道へ進むことを決意した小泉さん。しかしそれよりも昔、幼い頃から発酵食品の魅力を身近に感じていたと、懐かしいエピソードを語った。

「実家の近くに酒屋があって、そこにはいつも『カルピス』の瓶が並んでいました。実家で日本酒をつくるために汲みあげた地下水をやかんに入れて、キンキンに冷やしてね。それを『カルピス』と割って、ゴクゴク飲むんです。あのおいしさは“初恋の味”以上に思い出深い。記憶を呼び起こす味で、今でも忘れられません」

思い出の味「カルピス」に含まれる乳酸菌は、発酵学に欠かせない特別な微生物だ。

「乳酸菌は微生物の中でもまるで光り輝く存在です。乳酸菌は腸のはたらきを活発にして免疫力を高めてくれることから健康面で非常に注目を集めていますが、それに加えて乳酸菌は地球上で一番多い微生物なんですよ。発酵食品でいうとヨーロッパではチーズ、アフリカではバナナのお酒などに使われていますが、世界的に大変メジャーな菌なんです」

東南・東アジアの発酵文化が発展した理由

小泉さんは世界を旅しながら、さまざまな発酵食品に出合ってきた。そして、海外にも発酵食品は存在するが、日本ほど多様ではないことを知る。

「約40年前、世界の発酵食品を調査したことがあります。そのときわかったことが発酵文化の色濃く根づいている地域は、東南アジアと東アジアのみだということ。ヨーロッパはチーズやヨーグルト、ワイン、ビネガーなどありますが、中南米やアフリカ、オーストラリアには発酵食品がほとんどありません。東南アジアと東アジアの発酵文化が、なぜ豊かになったのかというと、気候の影響が大きく関わっています。湿度が高いと発酵が進みやすく、カビもつきやすいんですね。ですから、湿度が低いヨーロッパではカビを使った発酵食品がほとんどありません。有名なものだとブルーチーズやカマンベールチーズくらいでしょうか」

湿度により発酵文化が豊かに発展した東南アジアと東アジア。その差によって、さまざま発酵食品が生まれていった。

「東南アジアは、メコン川流域を中心にラオス、タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジアあたりを旅して研究してきました。メコン川流域は魚の塩漬けなどの発酵食品が多く発展しています。対して東アジアは、日本や中国、台湾、韓国のあたりを研究しましたが、これがものすごい発酵大国なんです。魚類はもちろん、穀物と豆の発酵が非常に多い。お酒に豆腐、味噌、醤油。それから野菜ですね、ザーサイやキムチ。キムチは約800年前につくられた発酵食品で、これでも歴史的に見ると新しい漬物の部類なんですよ。日本の漬物は奈良時代からありますから」

日本の歴史と共に生きてきた菌と発酵食品

奈良時代から親しまれてきた日本の発酵食品、漬物。しかし、その漬物より長い歴史を持つさまざまな発酵食品があることが発酵学の歴史の中で明らかになっている。

「日本でみつかった最も古い発酵食品は、約4000年前の縄文時代の魚醤。そのほかにも、どんぐりのクッキーやお酒も、各地にある同時代の遺跡から発見されています。さらに奈良時代の木棺には漬物が入っていて、神社からはお酒のつくりかたが文献として発見されました。平安時代の末期には、日本には既に種麹屋もできていることが判明していますし、日本の発酵文化は、古くから歴史と共に進化してきた背景があります」

日本の発酵文化が発展した理由について、小泉さんは日本独自のあるカビの存在を挙げた。

「日本には漬物だけでも3000種類以上あるのですが、こんなに豊かな発酵文化を生み出した理由を一つあげるとしたらコウジカビのおかげでしょう。お隣の国・中国では、一般的にクモノスカビを使った発酵食品が多いのですが、日本ではコウジカビを使います。これを使って醸造発酵物をつくっているのは、世界でも日本だけです。このカビは日本の国菌にも指定されていて、多種多様な日本の発酵食品の発展を支えてきました。このおかげで、日本は発酵先進大国になったのです」

日本の未来を醸す地域と後継者

健康面で注目を集めている発酵食品が、この先どのように発展していくのか。小泉さんは近年の活動からその道筋を見出していた。

「日本の発酵文化は、これから地域を救う存在になるんじゃないでしょうか。近年、NPO法人〈発酵文化推進機構〉で、発酵食品にまつわるイベントを開催しているのですが、どのエリアでも大変な盛り上がりを見せています。

現在参加している自治体は、長野県、熊本県、山梨県などの県や、滋賀県の高島市、秋田県の横手市、石川県白山市など全国各地で発酵産業が発達している60以上の自治体ですが、どんどん増えています。発酵食品の発展はもちろん、地域の観光プロモーションや周辺産業の活性化等、発酵食品が多方面へもたらす効果への期待の大きさを実感しますね」

全国を飛び回り、多くの事業に取り組んでいる小泉さん。そんな多忙を極める中、自分の後継者となる発酵学者の育成にも今後は力を入れていきたいと考えている。

「今、複数の大学で講義をしていますが、なかなか私のように研究者として発酵文化を伝えていく仕事を選ぶ若者が現れないのです。でも最近になってようやく私の後継者となるような教え子が一人出てきました。彼は私と同じように、フィールドワークを中心に研究を重ねてきた学者で、今は大学の教授として発酵学を教えています。

嬉しいのは、私が彼を育てたときと同じように彼は学生たちへ、現場主義の発酵学を教えていること。教え子を酒屋や種麹屋へ連れて行って、発酵のおもしろさを教えているんです。やっぱりパソコンの前で、調査しているだけじゃダメなんですよね。現場に立って現象を観察すると、わかることがたくさんありますから。彼のような次の世代に発酵文化を伝えていく人が増えるように、これからも後継者の育成に注力していきたいです」

小泉 武夫(農学博士)
1943年、福島県生まれ。東京農業大学名誉教授のほか、全国の大学で客員教授を務める。専攻は醸造学・発酵学・食文化論。食にまつわる著書は140冊以上。国や各地の自治体など、行政機関での食に関するアドバイザーを多数兼任。