発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

醤油のコンシェルジュであり、
人と人とのつなぎ役。
〈職人醤油〉の高橋万太郎が魅了される醤油の未来

posted:2021.6.4

群馬県前橋市に本店を構える〈職人醤油〉。日本全国の個性豊かな醤油を集めた専門店だ。醤油はすべて100ミリリットルの小瓶に詰め、各蔵元独自のラベルを貼って販売している。現在50蔵、100種類以上の醤油があるそうで、一つ一つ個性的なデザインのラベルを眺めていると、その土地の文化やつくり手の人柄までもが感じられ、醤油にこんなにも多様性があったのかと驚く。見ているだけでワクワクした気分になり、さまざまな種類のなかから、自分の好きな醤油を選ぶという楽しさがあることに改めて気づかされる。

〈職人醤油〉を立ち上げた代表の高橋万太郎さんは、この事業を始めるまで全く醤油に興味はなく、ただスーパーに売っている醤油を買うだけの生活だったという。そんな高橋さんがこの仕事に至るまでの経緯と、これからの醤油業界への新しい取り組みについて話を伺った。

それぞれの個性を尊重しながら、
一緒に大きなものを
つくり上げることが楽しい

学生時代は進学校でもまれ、偏差値一筋の生活だったという高橋さん。受験では挫折を経験し、群馬から京都の大学へ進んだ。地元の友人はあまり周囲におらず、人間関係をリセットしたような環境での人との新しい出会いが、高橋さんの今後を変えるきっかけになった。

「京都にあるすべての大学が合同で学園祭をすることになり、その活動に熱中していました。そこにはいろんな大学の学生が集まってくるんですが、自分がかつて憧れていた京大の頭のいい学生もいれば、美大のアーティストみたいな学生もいるんですね。それで、必ずしも偏差値の高い学生が現場で活躍するかというと、そうでもない。人にはそれぞれの得意分野があり、偏差値はそのなかの一つの指標でしかない、ってことに気づいたんです。そして自分はそういういろんな個性ある人たちのなかで、みんなをうまく調整しながら立ち回り、一緒に何かをつくり上げていくことが好きで楽しい、とわかったことは大きな発見でした」

最初は何もできなかった後輩たちが、みるみる賢くたくましく育っていく姿にやりがいを感じた。将来自分が働くなら、みんなで楽しく何かをつくり上げるこの感覚を大事にしたい。そんな思いが、後々の起業にもつながったのではないか、と高橋さんはいう。IT業界のベンチャー企業が続々と誕生し、華やかに騒がれていた時代の後押しもあり、高橋さんも、いずれは自分で何か事業を起こしたいと漠然と考えていた。

大学を卒業後、就職したのは電子応用機器などの開発・製造・販売を手がける株式会社キーエンス。年収ランキングでは常に上位、合理的でシステマティックな営業方針が特徴的な会社だ。高橋さんの時代は就職氷河期で採用人数が極端に少なく、おかげでトップ営業マンの下に配属され直々に学ぶことができた。その教えのなかでも、高橋さんが今も心に留めているのが「お客様と営業マンは対等であり、お互いしっかりした信頼関係を築くことが大事だ」ということだった。相手の気持ちを理解し、悩みに耳を傾け、相手の視点に立って動く。この考えは、今の仕事にも大いに役立っているという。高橋さんは3年間働いたあと、すっぱりと会社を辞め、起業を目標に日本全国を回る旅に出た。

「何をするかはほぼノープランでした。ただ、一緒に仕事をするのは自分が好きになれる人、いいなと思える人としたかった。そして扱うものは、自分が自信と誇りを持って勧められるものがよかった。でもそれが何かはピンときていませんでした。そんなあるときラジオで、お母さんが子どもにどんな本を選んだらいいか? っていう質問に対して、答える人が長く読み続けられている本を与えなさい、と話しているのを聞いたんです。いいものは時間が証明している。あ、なるほどと思って。そこで伝統産業や地域産業にターゲットを絞っていきました」

伝統産業に携わる人の話を聞くと、長い歴史のなかで皆いいものをつくっていて、自信もあるのに売れないという。自分の役割はこの辺りにあると感じた高橋さん。そのなかでもより日常に近いもの、また消費者の立場で見てあまり選んで買われていないものに絞っていき、たどり着いたのが醤油だった。当時の醤油蔵はウェブサイトもあまり整っていないところが多かったことや、コンピューターなどほとんど触ったことのない高橋さんの母親が「ネットで取り寄せてみたい」と言ったのが醤油だったことも、決め手になった。

個性豊かな醤油を楽しむための、
ユニークで新しい取り組みとは

高橋さんはそれからコツコツと醤油蔵を訪ねるようになる。何十軒と回るうちに、だんだん醤油のことがわかるようになり、良し悪しはもちろん、地域や蔵元の人柄によっても多様な個性があることを知った。一方で、大手百貨店にずらりと並ぶ醤油の棚を見てみると、一体どれを買ったらいいのか分からない。醤油を選ぶという行為をしてこなかったことに気づいた。試しに使ってみたくても1リットル瓶ではハードルが高い。そこで100ミリリットルの小瓶で統一して複数の蔵の醤油を販売し、気軽にお試し使用や味比べができるようにしてはどうかと思いついた。

「色々な可能性のなかから、散々思考錯誤した上で、ようやくたどり着いた一つの方法でした。最初は8軒の醤油蔵から、とりあえずやってみよう、と始めて。少しずつ数を増やしていくうちに、少しずつ売れていくようになったのです」

創業から14年経って現在までに回った醤油蔵の数は400を超え、職人醤油のラインナップも100アイテム(2021年5月現在)に上る。

職人醤油としてのブランドが確立し、近年になってようやくお客様へ向けて情報発信するスタート地点に立てた、という高橋さん。醤油業界の一員として、今後はその魅力をもっとアピールしていかなければいけないと感じており、最近はその具体的な取り組みに向けて動き始めている。

「発酵デザイナーの小倉ヒラクさんや、小豆島の醤油蔵・ヤマロク醤油5代目の山本康夫さんと話す機会があり、醤油業界は今がサードウェーブだね、って。戦後の大量生産、そして次第に国産丸大豆などのちょっと高級でいい材料を使った醤油が台頭し、その次に今きているのが木桶を使うなどして手間暇をかけ、蔵の個性が際立ったクラフト醤油。醤油業界は多様に個性が出てきて面白くなっているのに、世間一般の人はまだなかなか気づかず手を出さない。そもそも醤油ってあまり何も考えずに買われていて、意識せずなんとなく使い続けているから、浮気することも滅多にないんですよ。そこにどうやって変化を起こすか。今考案しているのが醤油皿の開発です」

醤油を味わって学ぶ、利き醤油のワークショップなども実施している

例えば焼肉店などでは、ゴマだれとポン酢だれが用意されていると、両方試して味の変化を楽しむ客も多い。高橋さんによると、本来はお刺身でも、赤身の魚と白身の魚では、合う醤油が違うという。ワインのように醤油にもマリアージュがあるのだ。料理や素材によって醤油を使い分けることで、楽しみの幅は広がる。それなら最初から複数種の醤油を専用の皿に出して飲食店で提供すれば、お客様は自然にいろんな醤油と出合い、その多様性や違いの面白さに気づくのではと考えた。「醤油を使い分ける」という新たな食文化を生み出すことができるかもしれない。

「まずは3種類の醤油を入れられるオリジナルの醤油皿を開発し、全国各地の醤油蔵がそれを持って飲食店に営業提案しませんか、っていう話をしています。職人醤油の取り扱い蔵に参加してもらうのはもちろん、実は大手醤油メーカーがこの話に乗ってくれたんです。業界全体が連携して、全国的にこの動きが出てきたら面白くなるんじゃないでしょうか」

醤油皿開発に伴い、醤油と料理のペアリングについても、理論立てて説明できるようなマニュアルをつくろうとしている。各社のノウハウをまとめて醤油業界のみんなが共通で使えるツールとして、役立てたいと思っている。

人が集まり、つながりが深まることで、
木桶の魅力を広く伝える

同時に動いているもう一つの活動が「木桶職人復活プロジェクト」だ。今でこそ、特に若手の間では木桶仕込みが脚光を浴びつつあるが、30年ほど前まではプラスチックタンクなどが最先端で、安定した品質で大量生産できることが優良な醸造蔵の条件だった。木桶は古臭くて恥ずかしいものだから早く捨てたい、というのが当時の感覚で、新規の発注はどんどん減り、木桶業界は衰退していった。木桶の寿命は100〜150年。現在、新しい木桶をつくれる職人はほとんどおらず、このままでは廃れてしまうのは確実だ。オリジナリティを出したいと考えるサードウェーブ系の若い醸造家たちは、それなら自分たちで木桶文化を継承しようと動き始めた。

毎年1月に香川県の小豆島の〈ヤマロク醤油〉に集まってみんなで新桶をつくり、その技術を広く共有している。そこには醤油蔵の蔵元だけでなく、食品メーカーや流通業者、大工や料理人など、幅広く多様な人々が続々と集まるようになった。お祭りのような楽しい雰囲気のなかで、親密な横のつながりができ、同業・異業種関係なく気軽な情報交換が行われるようになっていったのだ。今はオープンソースの時代であり、お互いの手の内を明かした方がメリットも大きいことを若い世代は肌で感じている。高橋さんはその裏方として動き、人と人とを縦横に結ぶつなぎ役を担っている。

2020年の新桶づくりの様子

木桶の特徴は、良くも悪くも味の個性が出るということ。木を顕微鏡で覗くと、たくさんの穴があるため、そこに多様な微生物がすみつく。洗浄などの手入れは大変だし、自然の微生物だから桶によってバラツキもある。大失敗する恐れだってあるのだが、そうだとしても、その人にしかできない、その土地だけの醤油をつくれることは、木桶の最大の魅力だ。

高橋さんによると、つくり手の人柄が醤油に色濃く反映されていることも多いという。かつては例えば飲食店に卸すとき、醤油の味は一定でなければいけないという暗黙の呪縛があり、たとえいつも以上にいい醤油ができたとしても、薄めていつもと同じ味に調整することもあったという。しかし最近はあえて「変わった醤油をください」とオーダーする料理人が出てきた。ほかにはない個性を尊重し、それを自身の料理に落とし込むことが腕の見せどころ、と考える料理人が増えてきたのである。

「木桶仕込みのクラフト醤油は、近い将来に海外輸出も視野に入れています。大手メーカーさんのおかげで、醤油は世界中に知られるようになりましたが、大量生産ではない、個性的でこだわりのある醤油を使いたいという需要も、きっとあるはずだと思っています」

ところで高橋さんが考える、自身が仕入れたいと思ういいつくり手の定義とは?

「それが年々変わってきているんです。最初の頃は、材料にこだわっていたり、オーガニックだったり、というスペック中心だったのですが、いくつもの現場を見て、つくり手の話を聞いているうちに、だんだんそうじゃないなと違和感が出てきて。結局、この人は好きになれる、信用できる、という人柄で選んでいる部分があります。実際にそういう醤油はお客様からの反応もいい。あと最近気づいた定義なんですが『つくり手が自分の言葉でしゃべれる』ということ。日々自分の頭で考えてものづくりをしている人は、本人だけのすごくオリジナルな言葉が出てくる。そういう人は信用できると思っています」

醤油にはさまざまな個性があるという面白さをもっと広く知ってもらいたい、と高橋さんはいう。ワインのように種類や価格の選択肢があって、ペアリングができて、使い分ける楽しみがあることをきちんと伝えることができれば、醤油文化に更なる厚みが出る。大手企業も小さな蔵元も、それぞれの役割があり、みんなが一堂に集まって活動すれば大きなパワーになる。

醤油の可能性は無限大で、まだまだできること、やるべきことがたくさんあるという高橋さん。個性あふれる多様な人たちに働きかけ、みんなのつなぎ役を担いながら、まるで大学時代の学園祭のときのように、今も夢中で醤油と向き合っている。

職人醤油
高橋万太郎
(たかはしまんたろう)さん
1980年群馬県生まれ。立命館大学卒業後、(株)キーエンスにて精密光学機器の営業に従事し2006年に退職。伝統産業や地域産業の魅力を追求していきたいとの思いから、180度転身して(株)伝統デザイン工房を設立する。現在は、蔵元仕込みの醤油を100mlの小瓶で販売する「職人醤油」を運営。今まで訪問した醤油蔵は400以上。

職人醤油
https://www.s-shoyu.com