発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

「一汁一菜に一糀」で健康な人を増やしたい!
〈ヤマト醤油味噌〉の「甘酒博士」が糀の良さを伝える

posted:2021.8.27

美容と健康にいい飲み物として、すでに人気が定着しつつある甘酒。お正月の神社で参拝客に配られる温かい飲み物といったイメージもあるが、江戸時代には夏バテ防止に飲む栄養ドリンクだった。俳句でも夏の季語になっている。近年では酒蔵や味噌蔵など、さまざまな醸造メーカーがこぞって甘酒を販売しており、フルーツ入りのものやシュワッとした微炭酸など、バラエティに富んだ甘酒も出てきた。スポーツドリンクのようなおしゃれなパッケージデザインのものもあり、今までにない新しいイメージの次世代甘酒が続々と登場している。

そんななか、金沢で創業110年の老舗〈ヤマト醤油味噌〉では、玄米を使った珍しい甘酒を昔から製造・販売している。そして工場長の山本晋平さんはなんと日本初の「甘酒博士」だという。これからますます注目されそうな甘酒について、山本さんに話を伺った。

石川県は発酵王国。
金沢市大野町は歴史ある醤油の5大産地

石川県は昔から発酵食品の宝庫であり、「いしる」「このわた」「フグの卵巣のぬか漬け」など、ほかにはない珍しい“発酵”郷土食が多い。そして金沢市大野町は醤油の5大産地の一つと言われている。大野町の醤油の歴史は古く、およそ400年前に加賀藩主・前田利常の命により始まり、加賀百万石に住む人々の暮らしを満たすため、次第に醤油づくりが盛んに行われるようになった。大野町は北前船の寄港地であり、醤油の原料である大豆や塩を運びやすかったことと、醸造に欠かせないきれいな水、白山山系の豊かな伏流水があったことが、醸造業発展への大きな要因にもなった。2019年、大野町の街並みは日本遺産に認定されている。

山本さんはその大野町にある〈ヤマト醤油味噌〉3代目の次男として生まれた。1911年の創業者は北前船の船乗りとして北海道と金沢を行き来しており、2代目が醤油醸造、3代目が味噌醸造を始めた。現在は山本さんの兄である山本晴一さんが4代目代表を務め、糀の調味料や甘酒などさらに新しい商品を展開している。味噌や醤油は今も伝統製法を守り、木桶仕込みである。

「私が子どもの頃は麹室に練炭を入れて温めていましたし、できあがった糀の冷却には大きな扇風機を使っていました。木でできたお盆のような小さな麹蓋で糀をつくっていて、それを職人さんが朝から晩まで作業し、何千枚も積み上がっていたのを覚えています。その頃は木桶も自分たちで修理していましたから、職人さんが竹を割いてタガをつくっていた記憶もあります。こんな当時の様子を知っている人も今はもう少なくなったのではないでしょうか」

北陸地方では「かぶら寿し」という郷土料理に甘酒を使うことはあるが、山本さん自身が子どもの頃に甘酒を飲んでいた記憶はないそう。覚えているのは、酒粕に砂糖をかけておやつのようによく食べていた、ということだった。

山本さんは当初は家業を継ぐつもりはまったくなく、金沢大学の工学部を卒業すると、大手の繊維化学会社に入社。そこで7年働き、研究者として接着剤の開発などを行っていたという。

「次男ですから継ぐ必要はないと思っていたんですが、力仕事のできる奴が必要だから帰ってこいと父から言われまして。父のことは尊敬していましたし、元気なうちに親孝行できたらいいかなと思っていたのが本当のところです」

そこで実家へ戻り、蔵の仕事に携わるようになった。

甘酒について論文を書き、
博士号を取得

前の会社で優秀な研究員だったという山本さん。かつての上司がたまたま金沢大学の工学部教授になり、山本さんならきっと何か良い論文を書いてくれるだろうから、大学に入らないかと声をかけてきた。

「前社での接着剤に関する研究論文というオファーだったのですが、そのとき私はもう会社を辞めて長く実家の蔵で働いていましたから、接着剤のことはあまり興味が湧かなくて。しかしちょうどその頃、山梨から金沢大学に、発酵学で有名な松郷誠一先生という方が移られてきたんです。そこで、せっかくなら今の仕事に役立つように、松郷先生の元で発酵に関する研究をしてみたい、と申し出ました。これがきっかけになって大学で学べることになり、甘酒の論文を書くことにつながりました。前の上司が声をかけてくれなかったら大学へ行くなんて考えませんでしたから、不思議なご縁です。人生無駄なことはないんだなとありがたく思いました」

山本さんは蔵で働きながら、50歳を過ぎて社会人入学して大学へ通った。自社ではすでに甘酒の販売を始めていたそうだが、まだまだ甘酒について研究しているところはほとんどなく、未知の部分が多かったという。

「実験によってどんな状態になるかは自分たちも最初はよくわからなくて、随分と徹夜もしましたね。あまり寝られない3年間でした」

日本初の甘酒研究論文「糀甘酒の機能性に関する研究」を発表し、山本さんは2013年に博士号を取得した。玄米甘酒、白米甘酒、酒粕甘酒を比較して抗酸化能(活性酸素を抑える働き)を調査した。その結果、玄米甘酒が一番優れた機能を示すことがわかったそうだ。

「自然食の発想では、お米を丸ごとそのまま全部体に取り入れることがいいといわれます。感覚的にその方がいいはず、という予想はあったのですが、きちんと科学的に証明したかった。玄米の皮の部分には、糀の酵素分解によってできるフェルラ酸に抗酸化能が多くあり、また発酵のメイラード反応によってつくられるメラノイジンにも抗酸化作用があります。それらの良さを立証して論文として認められました」

発酵食品のすごさは総合力、と言ったのは恩師である松郷先生。日々発酵に携わる者にとって、それは至極納得のいく言葉だった。一つや二つの成分、機能だけでは語り切れない、お互いが微妙に関わり合う連携プレーによって全体が向上する、というのが発酵の力なのだ。

「論文では、何か一ついい成分を見つけて、これが効いてますよって証明しないといけない。だから発酵食品の良さを論文にするのはとても難しいことなんです。松郷先生はそのことをわかっている数少ない先生だったので、ぜひ弟子として学びたいと思い、付いて行きました」

日々の暮らしに糀・発酵を取り入れて健康に

〈ヤマト醤油味噌〉の商品には、甘酒の種類が豊富にそろっている。国産の原料で無添加、基本的に玄米を使い、糀を発酵させた甘酒である。

「体にいいものをと考えて、発売当初から玄米にこだわっています。ただ玄米を使うとどうしても色が茶色くなるんですよね。白い甘酒に慣れている人は最初違和感があるかもしれません。ただ、糀の力を借りて徹底的に分解してますので、くどくない甘さで、飲めばすぐに栄養素として体が取り込んでくれますよ」

〈ヤマト醤油味噌〉の代表的な玄米甘酒「一日一糀」を飲んでみると、玄米特有のお米本来の香ばしさとコクを感じつつも、ほんのり爽やかな酸味もあって、すっきりした甘さだ。口に甘みが残らないのでさっぱりとして飲みやすい。低温殺菌で酵素の働きを活かした生の甘酒である。

「甘酒の魅力は玄米や糀の良さに加え、微生物そのものを丸ごと取ることができるということです。糀の菌体を取り込むことが腸内環境には非常にいいんです。それは死んだ菌体でもよく、腸にいる善玉菌のエサになります。甘酒は体にいい微生物を気軽にとれる一番いい飲み物ですね」

〈ヤマト醤油味噌〉の本社工場の敷地内には「ヤマト糀パーク」というイベントスペースがあり、糀にまつわるさまざまなことが体験できる。蔵の歴史や発酵食品について学べる見学ツアーのほか、「糀手湯」というハンドバスや、味噌汁の飲み比べ、糀料理の教室などがある。発酵、糀、味噌、醤油などの良さを伝えるためにいろいろなアイデアを出し、兄弟で精力的に活動している。

山本さんは年に一度だが地元の大学で講師も務めているそうだ。「一汁一菜に一糀」というライフスタイルの提案をし、基本の和食に糀を加えて毎日の食事を見直してもらうことで、健康的な生活が送れることを伝えたい、という。

「この思いは今後もずっと広めて行きたいですね。私は62歳なんですけど、今も現場で元気に働けるのは発酵食品のおかげではないかと。私たちは和食の基本となる食品をつくっているので、純粋に考えてできるだけ体にいいものをお客様に提供したい、という気持ちが常にものづくりのベースにあります。シンプルにおいしいって言われることが一番のやりがい。そして微生物たちが気持ちよく動いてくれないと、私たちの商売は成り立たない。動物を飼っているようなもので、悪いことしていたら微生物に見透かされてしまうんですよ、本当に。でもそんな風にコントロールが難しく、人知の及ばないところが、微生物の面白さ、ものづくりの楽しさでもあるんですよね」

どちらかといえば学者肌の山本さん、物腰はやわらかく、特に微生物に対しては、まるで我が子のようにどこか温かいまなざしが感じられる。発酵王国金沢から、体にいい甘酒を広めるべく、日々真摯な活動を続けている。

ヤマト醤油味噌
山本晋平
(やまもとしんぺい)さん
現ヤマト醤油味噌工場長・工学博士(Ph.D.)。金沢大学工業化学科卒業後、東洋紡株式会社に勤務。その後、地元に戻り家業の醤油・味噌製造に携わる。伝統食品が科学的にも健康に優れていることを証明したい思いから、金沢大学の自然科学研究科物質科学コースに社会人学生として再入学。3年間の研究の成果を日本初の甘酒研究論文「糀甘酒の機能性に関する研究」にまとめた。酵素が活きた生の玄米甘酒「一日一糀」をはじめ、数々の発酵食品を生み出す立役者。

ヤマト醤油味噌公式サイト
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